このレポートは、かたつむりNo.273[2005(平成17)7.3(Sun.)]に掲載されました

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気が気でないことばかり
運営委員 道 上   定
 
 やれ梅雨に入ったとか、やれ立夏だとか、わりあい気候の変化が均等で、 かつ暑さ寒さが明確なピークをもっている日本。そして温暖なうえに降水量も多く、 樹木など植物の成長に適した気候の日本。このため国土の67.4%を森林が占めるのですが、 あわせてこの日本は沖縄から北海道と南北に長く、亜熱帯から亜寒帯にまでおよびます。 森林もガジュマル等の亜熱帯林。シイ、カシで構成される常緑広葉樹林、ブナ、 ミズナラで構成される落葉広葉樹林、カラマツ等の落葉針葉樹林、 そしてエゾマツ、トドマツ、スギ、ヒノキ等の常緑針葉樹林といった、 いろんな森林の姿が日本列島の中にあります。
 国土面積3728万ヘクタール、そのうち森林面積2512万ヘクタール。 森林の占める割合は67.382パーセント。森林がこんなにあるのです。
 その森林がいま荒れています。
 わが国の一人当たりの木材の消費量は、ピーク時の昭和48年は1.07m2だったのです。 平成14年には0.67m2に落ちているのです。これは高さ16メートル、 直径25センチの平均的なスギの立木でわずか2本分!です。
 外国材の輸入と林業従事者の高齢化が大きな原因です。「割に合わない」ので後継者が育たないのです。 さあ、どうするか、と言っている間に伐採可能な46年生以上の蓄積がすでに3割を超えました。 人工林では間伐の必要な45年生以下の森林が8割にもなっています。
 ていねいに考えていけば、他の材料に比べて木材は(1)環境負荷の少ない環境素材、 (2)健康・快適な空間を提供する健康素材、(3)地域性、文化性のある風土豊かな素材、 (4)C国産材でまにあう自己素材、であるといわれます。つまり木は環境にやさしいのです。
 だからもっと地元の森林の活用を考えねばなりません。 神奈川県では面積の約4割が森林です・人工林はスギ・ヒノキがほとんどです。 その「間伐材」の利用も積極的に売り込まなくては「持続可能な森林経営」にはなり得ません。 『書経』に「木・縄に従えばすなわち正し」とあるように、 日本には丸太の形や節など欠点を横目で見ながら、 どの部分からどれくらいの大きさの木工品を作り出すかを見極める独特の「木取り」のやり方があるのだし、 プレカットの木材を輸入しなくても集成材技術も十分あるし、合板の原料となる単板の加工技術は得意だし。 たとえば丸太を大根の「かつらむき」加工で丸太の直径が10年前には約25センチ なければだめだったのが、いまは12センチの小さい径でもOK! 加工後の芯の径も18センチから、 わずかに3センチまで使えるようになったのですから。
 ところで町内に木製建具・家具製造・室内装飾施工・ステンドグラスなどの、木工所を営む方がおります。 県建具協同組合の財務室理事の職にあり、去る5月下旬の藤沢市民会館での総代会を無事進行させました。 この方から「全国建具展示会」の案内をいただきました。
 おととしは滋賀県、去年は佐賀県で行われ、今年の会場はパシフィコ横浜。行っておどろいた。 会場も広いが作品もデカクて多い。目録によると172点もある。大きいのは2間の幅をとっています。 値段も高い!「壁面飾り組子・北信濃風景」が1580万円。「和の雅」が2850万円。 いずれも木材の秋田、長野県から出品の値段。家が一軒建つではないか。 首都圏ならばこの2、3倍はするというから…う〜ん。
 細工の細かさにもおどろきました。 今は接着剤もよくなって従来の酢酸ビニル系樹脂に加えてクロロプレン・ゴム系樹脂もありますし、 切削工具も素晴らしくなっていますので、一昔前とは格段に能率は上がります。 でもしょせん生物素材に最後は手作業です。根気と集中力が必要です。 経済産業大臣賞の「毛筆風組子入板戸(心)」(山形県)は文字が毛筆風にかすれており、 数ミリのビーズ状の木玉を無数に突き刺し表現したものとなっています。根気のかたまり。 農林水産大臣賞の「本棯組組子中抜障子」(佐賀県)は重厚な、そのくせ涼しげな顔をしていました。 あっ気に取られたのが全国技能士会連合会長賞の「夏障子戸」・木に竹を接いでいるのです。 竹は歴然とタケを主張していました。全国建具展、来年は徳島県で開催の予定といいます。
 建具ですから何を応用してもいいのです。 でも普通には刃物を削り込んで作る[割(く)り物]・ロクロを回し削って作る〔挽(ひ)き物]、 うすい板を曲げて作る[曲(ま)げ物]、そして板を組み合わせて作る[指(さ)し物二と、 工作物を分けますが、建具の基本は指し物でしょう。
 福島県檜枝岐村・ひのえまたむらと読みます。 かつて会津藩の用材となった黒檜が村の山々に多いことから村の名前となったようです。 黒檜、クロベと読みます。どこかで聞いたような? そう、去年も夏季宿泊活動で出かけた愛知県・茶臼山近くの「小島の森」の中で見ましたね。 常緑針葉樹でヒノキの仲間です。ネズコともいいます。 「木曾の五木」とは木曾川上流の渓谷で育ったヒノキ・サワラ・ヒバ・コウヤマキそしてクロベを指しますが、 これは江戸時代にこの地を領有していた尾張藩が特別育成したものです。 「尾州ヒノキ」も同じように「木曾ヒノキ」を指します。尾張藩が特別育成し名古屋の港から出荷したから。 よそで作って港の名前で出荷する…。コーヒー、陶器・磁器でも、ありますね。 で、檜枝岐村のクロベですが、薄く割って「曲げ物」に使います。接着はニカワを使いますし、 ヤマザクラの木の皮も「綴じ紐」として使います。 おひつ、せいろ、弁当箱、花差し、水おけ、ひしゃくなどの食器や台所用品が多いのです。 いまはそのほとんどがプラスチックになってしまいました。
 この檜枝岐村は尾瀬への東の出入口なのですが、 団員の中にはここの農村歌舞伎を知っている人もいるかもしれないね。 この梅雨どきのサンショウウオ採りや狩猟解禁日・11月15日のツキノワグマでも話はつきないのです。

 木の国・日本。森林が荒れているだけではなく、人の世の中も荒れています。 身の回りから木製品が失われ出したのと軌を一にしているように思います。 木に向かっての手仕事が見られなくなったのと同じ時期のような気がします。
 小刀があぶない、カッターナイフがあぶないと遠ざけていくとき、子どもが向かうのはゲーム機。 あぶなくない物のはずでした。が、ゲームの中身がリアルになって仮想が現実に立ち向かう。 自分の痛みと他人の痛みが重ねられない、想像できない。突き進むだけの整理された勝ち負け。 そんな構図の犯罪の多さにやりきれなさを感じます。

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