このレポートは、かたつむりNo.286[2006(平成18)6.11(Sun.)]に掲載されました

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パンドラの箱
運営委員 道 上   定
 
 うっとうしい雨の毎日です。だから梅雨時(つゆどき)なのですが、 こうも高温多湿ではゆだんすると鞄にカビ、靴にカビ、カメラのレンズにカビ、ふろの天井にも。 そしてなかなか取れにくいのです。
 カビは漢字で「黴」。覇敬譲が普及するまでは「黴菌(ばいきん)」つまり、 「ニンゲンにとってきたなくて有害な微生物」の一部、でした。 だから「あさらめなさい、おっことしちゃったんでしょ。 地面に落としたんだからきたないでしょう。ぱい菌がウヨウヨいて、おなかこわすわよ……」。
 結果はおなかをこわすムスコさんと、なんともないガキがいました。 もっともいまでは「ばいきん」なんて国語辞典にはないかも知れません。

 とにかくカビの色は白も黒も、青も赤もあり、棲んでいるところも空中はもちろん水中、 地中そして海水中にもいます。
 このようにごくふつうに、どこにでもいるのですが、湿度の高いつゆどきから秋ぐちまで、 [かびる]という目に見える現象をおこす糸状菌など(の集合体)をいっぱんにカビといっています。 キノコとの差ははつきりしていません。
 栄養のとり方で分けると生きている動植物から有機物をとるのが「寄生菌」、 動植物の遺体やその分解途中の有機物をとるのが「腐生菌」です。 動物ではミズムシキン、シラクモキンなど。 植物ではサビキン、ウドンコカビなどが寄生菌。 腐生生活するのは食べ物に生えるものや、衣類・書物・など生活用品に目立つのでわかりやすい。 いわゆるカビとよばれるものはこれらの腐生菌がほとんどです。 みばえは悪いし風味は損ねるし、カビ毒で中毒も心配されます。
 でもそのような有害菌ばかりではありません。 カビには微生物工業に応用されて抗生物質としてのペニシリン、 植物ホルモンのジベレリンなど大いに役立っているのです。 食料のみそ・しょうゆ・酒などのコウジカビ、なっとうのコソウキンなど、カビ様さまです。 役立っていると有用菌とよばれ、さらわれると有害菌です。 よくも悪くもと卜から見た分類であって、カビにとってはハタめいわくな話です。 いい例が結核菌はアオカビを利用した抗生物質によっておさえたのですが、 こんどは結核菌が抑え込んでいたモニリア菌が動きだし悪い症状を起こしています。 こっちを追い出すとあちらが出てくる。そう、モグラたたきです。

 たとえば徹底してひふをきれいにすると、たしかに菌はいなくなるわけです。 同時に「なにもない」ということは防御するバリアーもなくしていることにほかなりません。 だとすればそこに有害菌なるものがすみつくとそやつの天下になるのです。 かえってと卜にとっては不利な状況に陥るわけです。 皮膚だけの話ではありません。消化器官など内臓についても言えそうです。

■高松塚古墳(円内にカビがあります)
 7世紀末から8世紀初めに築造されたとされる奈良県明日香村の高松塚古墳とキトラ古墳で、 極彩色の壁画にカビや微生物がとりつき、関係者をあわてさせています。 おもに黒いカビのようですが、ニグロスポラキン、アルテルナリアキン、クラドスポリウムキン、 オーレオバシディウムキンなどが考えられます。 いずれも住宅内にはどこでも検出されると言いますから、古墳に出入りするとさ、 ヒトといっしょにあたりまえのように出入りします。 しかもカビどうしでバランスをとっている状態ですから、 カビの種類によってはビニールシート、アルミ器材、 プラスチックなど工事や作業器材に好んですみつくものもいるのです。
 温度が比較的高くて湿度が高ければ、 そしてエサとなる有機物があればカビはどこにでもお供いたします! いろんな仲間がそろっていますから適材適所に張り付きますよ。
 ただヒ卜さまには見えにくいだけ。

 このバンドラの箱のふたをあけて国宝級の壁画を見つけてびっくり! あわててふたを閉めたのですが、もうまったくおそいのです。
 この温暖多湿なわが国でバンドラの箱を開けてしまったのですから、 なんとしてでも最善の努力をして、保存の方法を見い出ださなければなりません。


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