このレポートは、かたつむりNo.256[2004(平成16)4.18(Sun.)]に掲載されました

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サクラの開花U
運営委員 鈴 木 照 治
 
■ナラノヤエザクラ(片瀬公 2002.4.11)  4月中旬〜下旬に咲く、遅咲きの桜の話です。2000年4月、片瀬公民館の方から電話があり、 同公民館のある片瀬市民センター入り口前の八重桜は、なんという品種ですかと尋ねられました。 片瀬小学校の生徒に聞かれたのだそうです。はて、どんな花だったかと、すぐ行って見たのですが、 何という品種かわからず、とりあえず写真を撮って帰りました。その後、桜の写真集をとりよせ、 いろいろ調べて、どうやらナラノヤエザクラではないかと自分なりの結論を出しました。 これ以上は専門家の鑑定による他はありません。ナラノヤエザクラというのは、 平安中期の女流歌人伊勢大輔の「いにしえの ならのみやこの八重桜 今日ここのえににおいぬるかな」 という名高い和歌で知られる桜で、それより200年さかのぼる奈良時代、 聖武天皇が三笠山の山奥で見つけられ、光明皇后が都へ移されたとの言い伝えがあります。 戦後、東大の三好博士が正倉院となりの知足院裏山で発見され、国の天然記念物に指定されました。 この桜は、ヤマザクラに近い別種であるカスミザクラが八重咲きに変わったものということです。 私が桜について学んだ若い頃は、こまかい分類法はなく、牧野図鑑や大井さんの植物誌(いずれも改訂前の) を基準にしていましたので、それまでヤマザクラとされていたカスミザクラとはどんな桜なのか、知りませんでした。 開花がヤマザクラより半月も遅く、葉縁の鋸歯が粗く、 葉柄に毛があり、葉裏が緑で光沢があること、若葉が緑色(ヤマザクラでは褐色)であることなどを手がかりに区別します。 園芸品の中には、この血をひくものがかなり多く含まれているようです。カスミザクラという桜が存在することが、 一般向けに出版された本の中に最初に出てくるのは、何と昭和37(1962)年、昭和天皇ご発刊の「那須の植物」なのです。 系統上はヤマザクラよりオオシマザクラに近い形質を示しているように思われます。 ヤマザクラとオオヤマザクラの接点にカスミザクラが分布し、 フォッサマグナの形成に伴ってオオシマザクラが分化したとも推測できます。  今日、サトザクラの数多い品種(約300種)の中で、 オオシマザクラに次いで多くの品種群の母体となっているのがこのカスミザクラです。
 片瀬の八重桜を調べる際に、それらしい品種として名前があがったフクロクジュ (福禄寿:淡紅八重、花弁先端深く二裂、4月下旬咲)、 ウズザクラ(渦桜:淡紅八重、花弁が螺旋状につく、4月下旬咲)、 アヤニシキ(綾錦:淡紅八重、4月下旬咲)など、遅咲きで、あまり大輪にならない清楚な八重桜の一群は、 カスミザクラ系と見られます。さらに、寒冷な気候にも適応し、北海道で生み出され、 「松前……」と名付けられた多くの品種群も、カスミザクラを母種としています。 松前公園(北海道南端)では5月上旬〜中旬に開花します。 2002年や今年のようにソメイヨシノが早く咲く年はこれら遅咲きの桜の開花も早く、 片瀬市民センターの桜もこの年の満開は4月11日でした(平年は4月21日頃)。 片瀬市民センターにはもう1本、「御衣黄(ギョイコウ)」という珍しい桜があって、 20年ぐらい前、建て替えの際に、片瀬小学校へ移し替えられたという話を聞いて、 ぜひ、花の時期に行ってみたいと思っていました。 ■ギョイコウ(片瀬小 2002.4.11) ギョイコウは緑がかったうす黄色の花の中心部が紅色になる変わった花色の桜で、以前、 葉山のアジサイ公園でその花を見たことがあるからです。江戸時代から知られていますが、 現在ではあまり見あたりません(最近苗は売られています)。2002年の4月、片瀬小学校を訪問して、 黄色い桜を見せてくださいと頼みますと、教頭先生が出てこられて、案内してくれました。 珍しい桜だと話すと「大事にしましょう」といわれました。
どうしてこの2種類の珍しい桜が旧片瀬支所(昔の片瀬町役場)に植えられたのか、 くわしいいきさつを知りたいと思いました。葉山のは、明治時代、 外国人の泊まるホテルのあったところと聞いています。
 昔、まだ西口のなかった小田急六会駅の西側、ちょうど酒屋さんの前に「黄桜」の大木があって、 満開時は見応えがありましたが、西口広場ができるときになくなりました。 この黄桜の品種名はウコンで、京都御室の仁和寺に古くから伝わる珍しい桜です。 2001年、湘南台に黄色い花の桜があると聞いて、行ってみました。 湘南台6丁目の上原公園の近くにあるもう一つの小さな公園で、 そこでは何本かの桜はすべて遅咲きでフジの花と同時に見られます。 中に一本、黄色い花を付けていたのはウコンではなく、ギョイコウでした。 昨年(2003)は平年並みの開花の年で、4月24日に行くとギョイコウはちょうど咲き終わったところで、 ほかの八重桜が満開でした。
 ギョイコウが変わっているのは、花の色だけではありません。花びらの表面を顕微鏡で調べると、 葉と同じに、「気孔」が見られることです。これは、花びらが、葉が変わったものだいうことを示す証拠になるものです。
 早春から初夏にかけて、家々の庭や野山の木々は次々と花を咲かせます。 そして、秋から冬には、紅葉したり、実をつけたりします。 野外を歩けば一年中、植物のこうした営みを楽しく観察することができます。



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