このレポートは、かたつむりNo.257[2004(平成16)5.16(Sun.)]に掲載されました

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桜の開花V
運営委員 鈴 木 照 治
 
 毎年4月半ばになるとテレビで八重桜の名所、大阪造幣局の通り抜けが紹介されます。 今年の流行は、ギョイコウの淡い緑黄色だという解説がありました。 私も、ギョイコウの花の写真を撮りたいと、4月11日に、湘南台6丁目の丸岡公園を訪ねました。 藤沢には八重桜の名所といわれる所はなく、御所見中、第一中、六会日大駅など1〜2本ですが、 この小さな公園には、8本ほどあり、4月中旬には、見事な八重桜が、公園を囲みます。 そのうちの1本が珍しい黄桜のギョイコウです。この日はちょうど満開になったところで、 緑がかったうす黄色の花が全部さきそろって見事でした。 この花は、咲き終わりが近づくと、緑黄色はうすれ、うすいピンクの花の中央が濃い紅色になり、 はなびらの中ほどに紅すじが出て、咲き始めとは全く違った花に見えます。 あと10日ぐらいで、この状態になるはずです。 心配なのは、その花の付き方が異常で、あきらかに、木が弱っている状態を示していることでした。 それは、出ている枝のすべてが、ひょろ長く伸びて、その先端にだけ、 かんざしのように数個の花がかたまって咲いているからです。通常は、 前年に伸びた枝(前年枝)の先端やその近くから、数本の枝が数十cm伸びて、 そこについた葉の付け根に生じた冬芽のそれぞれから、数個の花が咲くので、 前年枝全体が花で覆われる状態になるはずです。つまり、 新しく伸びる枝ができないことを示しているわけですから、 明らかに木が弱っていることがわかります。この花の付き方から見ると、 過去2年間、少なくとも去年は、新梢(春に新芽から長く伸びる枝)が出なかったため、 前々年の頂芽(枝の先端にできる芽で、ふつうはそこから長く伸びる枝を出す)が、 短く縮まった枝(短枝)となって、花を付けたことを示しています。 この2年間、(少なくとも昨年は)この木全体に、何らかの不具合がおこって、 生長が止まっているものと考えられます。
 ちょうど、この桜を見に来た近所の人の話を聞くことができ、以前、 この公園には黄桜が2本並んでいたということでした。今のギョイコウの根元から両側に各数m離れて、 径20cmくらいの切り株があるので、そのどちらかが黄桜だったと推定されます。 おそらく何年か前に枯れて切られたのでしょう。私が初めてこの公園の黄桜を見た2001年には、 1本でしたから、それ以前に枯れたのでしょう。 今咲いているこの木も、あちこちに枝を切った跡があります。 これは、ここ数年、枯れ込む枝がふえたものと思われます。 「こんなに枝を切ってしまっていいんですかねえ」と見に来た人が云いました。 よく、桜の枝は切るものではないと云われますが、もし、枝が枯れてきたら、 その枝の付け根から切って、切り口に薬剤(雑菌の侵入を防止する石灰乳など)を塗るのが、 さしあたり必要な手当です。また、「これは、弱い桜だから」ともいわれました。 たしかに、ギョイコウを含め、花の美しい里桜は、山桜や大島桜など、 野山に自生するものに比べれば病害虫に侵されやすいとは思いますが、 ソメイヨシノに比べて、それはど弱いとは思えません。 しかし、この木は、樹幹にもひび割れが入っていて、確かに相当弱っているようです。 しかも、この木をとりまく環境は、決してよいとはいえません。根元から、 わずか1mの距離にフェンスがあって、その外側舗装道路のため、強い西日と、照り返しを受けます。 そして、東側1mから先は踏み固められた公園広場ですから、これも悪条件と云わざるを得ません。 さらに、公園の周囲は道路で、三方は公園より低いため、降った雨はすべて流失して、 公園全体が乾燥しやすく、特に夏乾ききって、水が切れることは桜にとっては致命的といえます。 元気な桜であれば、枝葉を十分伸ばし、樹冠を四方に広げ、根元に十分な樹陰をつくり、 木の下に日当たりを好む雑草類が繁らず、根元に広く落ち葉が堆積して、良好な土壌が形成され、 浅い根の生育が旺盛になる……はずなのに……と残念な気がしました。
 4月16日に再びこの公園を訪れると、長後から、この桜を見に来たという人が、 写真を撮っていました。樹が相当弱っていますね、もう見納めになるかも知れません。 というような話をして、その場を去りました。それでも、今なら、この桜を回復させることができるかもしれません。 私も、樹木医の看板を持つ手前、処方箋を書いてみました。まず、緊急措置としては、 1)西日と照り返しを避ける遮光網をフェンス沿いに数m張る。 2)木の根もとを中心に、半径3〜5mの範囲には、簡単な囲いをして、踏み込まれるのを防ぐ。 3)土を浅く耕して、空気を通し、腐葉土を敷き、その上をバークなどで覆い、 土が風にとばされるのと水分が逃げるのを防ぎ、適度な施肥をする。 4)木の周囲には、オオムラサキなど丈夫な低木を補植する。 など、手厚く保護すれば、1〜2年で恢復する可能性はあると思います。
 4月19日は午後から雨との予報で、朝のうちに、花の散る直前のギョイコウの写真を撮りに行きました。 満開から8日たって、花の色は、全体がうすピンクに変わって、いくらか黄緑色を残すくらいでした。 写真を撮っていると、自転車で中年女性が来て、この珍しい桜の品種は何かとたずねられました。 その人が高倉に住んでいると聞いた友人が、あなたの家のすぐ近くに、黄色い桜があると教えてくれたので、 見に来たとのことです。なるほど、変わった桜ですねと感心したようすに、つい私も、見ての通り、 かなり木が弱っています、と話すと、やはり道路の照り返しがきついのでしょうかといいますので、 それもあるでしょうが、この木の位置が、公園の西南端であることが、条件をさらに悪くしているようです。 ごらんください、他の場所の桜は元気で、これほど弱ってはいないでしょう。今では、公園のこの場所は、 もっと強風と乾燥に強い常緑樹のモチノキやスダジイ、マテバシイか、桜なら、 もっと丈夫なオオシマザクラが適した環境になってしまったのだ、と話しました。
 黄緑の混じったうすピンクに紅色の筋(すじ)の入った散り際のギョイコウの花を後に、 これが見納めにならないことを祈りながら、この場を去りました。



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