このレポートは、かたつむりNo.259[2004(平成16)7.4(Sun.)]に掲載されました

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桜の話W
運営委員 鈴 木 照 治
 
 桜の木はたくさんあるのに、サクランボのなっているのはあまり見かけません。 山に自生するヤマザクラやオオシマザクラは6月には小さめのサクランボをたくさんつけます。 町の桜ソメイヨシノにも、ときにはサクランボがなります。桜の話の最初に、ふれましたが、 サクラは自家不稔で、他の品種の花粉でないと受粉せず、実ができません。 ソメイヨシノにたまにできた実の種を蒔いて育てても、 親のソメイヨシノとはちがった性質をもつ子ができます。 つまり、親のソメイヨシノとは、花の咲く時期や咲き方、色、 形などが微妙に違った様々の子孫ができるわけです。 2月に咲くタマナワザクラはソメイヨシノの実生であることは前に話しました。 サクラのような樹木では、 種を蒔いてから芽生えた子どもの木が大きく育って花を付けるまでの期間は、 草花のように1年というわけにはいきません。早くて3年、ふつう8年から10年はかかります。 草花でもヤマユリやクンシランでは5年、カタクリでは7年かかりますから、 それほど気の長い話ではありません。
 それでは、実生から育てるサクラの楽しみ方についてふれたいと思います。 前にもふれましたがサクラは自家不稔ですから、一本だけでは実ができません。 近くにもう1本、同じ時期に花の咲く別の品種を植えておけば、 おどろくほどたくさんの実がなります。 紅くなりたてでも黒くなって落ちたものでもかまいません。 実を集めたら、種子を採るため果肉を除きます。 ポリ袋にひとにぎりの灰(または砂)とともに入れ、外からよくもんでから水で洗い、 種をとりだします。これをそのまま直播きしてもいいのですが、 より確実に行うには、湿った状態で冷蔵庫に保存し、 2月になったらとりだしてガーゼのような布につつんで、 てるてる坊主のように丸くしばってコップのような容器で、 下に水を入れ、頭を水の上に出し、ふたをしてしばらく置きます。 3月中旬頃、鉢や床に蒔きます。 こうすれば、きわめてよい発芽率で芽生えます。 もちろん、実は食べられますから、口の中で果肉を取り除いた種も有効に利用できますが、 黒くなるまでじゅうぶん熟さないと、ただただすっぱいだけです。 ジャムにすることもできます。 私も、桜の種を蒔いて、花が咲くまで育ててみました。 十年ほど前ですが、6月、アジサイが咲き始める頃、大船フラワーセンターに行きました。 それ以前は1本しかなかったタマナワザクラが、2月に行ったときには、 花壇のすぐ後ろに身の丈ほどの若木が花をいっぱいに咲かせていたのを思い出し、 その場所に行くと、木の下にたくさんの実が落ちていました。 十数粒ほど拾って持ち帰り、果肉を除去して庭すみに蒔き、 軽く土をかぶせてそのまま忘れていました。次の年の初夏になり、 いつのまにか20cmあまりに生えそろった芽生えに気がつきました。 秋には大きいものは60cmまで様々な背丈になりました。 年が変わって2月、そのうちの数本が早くも新芽を出したのには驚きました。 「これは親同様、早咲きになるかも知れない」と胸を躍らせました。 ところが次の年もその次の年も、木はどんどん上へ伸びるばかりで一向に花が咲きません。 育ち具合は全く不揃いで、小さいものは30cmくらいで横向きに伸びて枝垂れ気味に なるものもあり、大きいものは、数年で軒の高さを超え、塀の向こうの隣家へ伸びだし、 やむなく毎年枝を大幅に切りつめる有様です。 ■実生10年目 そして、昨年(芽生えて十年目)、ようやく花を数輪咲かせました。期待通り2月でした。 今年は高く伸びた十数本の枝のすべてに淡紅色大輪の花をいっぱいに付けて咲きました。 幹回りも22cm、手首ほどの太さになりました。 今年の場合、開花期は2月上旬から3月上旬、最盛期は2月20日頃です。 ちょうど大船のタマナワザクラ、河津のカワヅザクラと同時期になります。 タマナワザクラより色が濃く、カワヅザクラの薄い緋色とはちがったやや紫がかった淡紅色です。 いちばん小さい枝垂れ風の個体もたくさん花を付けました。 ■実生しだれ桜の実 「おかめ」と同じやや濃いピンクの小輪ですが、「おかめ」より一足早く2月下旬に開花する、 しかも枝垂れという、画期的な品種になってくれればと期待されます。 もう1本、2〜3輪、3月上旬に開花した個体があり、 まだ開花しない十数本の木が今後どんな特性を示すのか、興味は尽きません。 私の場合、開花までに十年かかりましたが、鉢植えで育てれば、 半分以下の3〜4年で花が見られるはずです。 また、私は早咲きにこだわったのですが、御殿場桜や一才桜の系統なら、 芽生えた次の年には花が見られます。育種の専門家は、実生で台木を養成しておき、 これに早く花を見たい実生の枝先を接ぎ木して、3年ぐらいで花を咲かせるということです。 この場合も、その後2〜3年は、継続して花のようすを観察し、 品種の特性を把握する必要があるそうです。
 今年の早春、3月3日、テレビで紹介された松田山の桜を見に行きました。 2月中旬頃から、東名高速松田インターを過ぎると、前方の山が一面ピンクに彩られるのが、 最近、知られるようになり、新聞やテレビでも紹介されました。 前からあったハーブガーデンや「こともの国」のあったところの隣接地にカワヅザクラを植栽し、 数年ほど前から花を見事につけるようになり、二年前、桜祭りのイベントを始め、 今年からはライトアップもなされて、夜桜も楽しめるようになりました。 広い山の斜面全体が花で埋めつくされるため、伊豆の名所より迫力があります。 見回りの人に話を聞くと、今年の開花は2週間ほど早かったが、葉の出るのが特別早いとのことでした。 木が若く、低い位置に枝を広げているため、花が目のすぐそばにせまってくるようで、一層みごたえがあります。 いちばん上まで行って見下ろすと、なるほど黄緑の新葉が開いて、花のピンクが一層際立ってあざやかです。 よく見ると、つぼみもたくさんありました。さらに、あとから植えたと見られる若木はまだ新葉を開かず、 花だけを付けています。
 河津桜の発生地で聞いた話では、河津で最も早く咲くのは原木で、 そのあとは、古い木から順に咲き始めるということでした。 それと同様のことが松田山でも見られるのでしょうか。
 タマナワザクラの実生では、2月半ばに新葉を出す個体が多数生じたと述べましたが、 カワヅザクラの原木は、他にさきがけて開花し、若い木が満開になる頃にはいち早く新葉を出します。 その頃まだつぼみもあるので開花期間は約1ヶ月にもなります。 同品種中で開花習性がこのように違うのは、原木が実生個体であることによるのかも知れません。 接ぎ木によって増やされた木も生長するにつれ、自根を伸ばして、 根を含めた木全体がカワヅザクラの遺伝子を持つ細胞に占められれば、 原木のように本来の早咲き性が発揮されるのではないかと思われるのです。 若木のうちから早咲きにするためには、 早咲きの性質を持った実生台木に接ぎ木をすればよいのではないかと思います。 タマナワザクラの実生からは早く新葉を出す個体が、20〜30%出ますから、 これをもとに、早咲きの系統を育成することも可能と思われます。 また、オオシマザクラの中にも、特別早咲きのものもあり、私は今年の1月9日、 初島(熱海沖に浮かぶ小島)で、一輪、咲いているのを目にしました。 この系統を育成することにより、実生という方法で、 原木同様に早咲きする苗を大量に養成することが可能と思われます。 こうして、100%早咲きの種が得られれば、 原木同様に特別早咲きする桜の苗を大量に生産できると思うのです。 こんな想像にふけるうち、時代は変わって、近年、アグリバイオ(農業用バイオテクノロジー) の話題が出るようになり、「実生台木に接ぎ木」は古典的なやりかたで、 工場のような温室で大量のポット苗が均一に生産されるようすをテレビで放送していました。 もっともこれは、植物特許(他者による営利栽培、販売の禁止)の入った品種苗やバイラスフリー (植物ウィルスに汚染されていない)のメリクロン(生長点組織培養)苗の大量生産のことなのですが、 もし、早咲き桜の苗の大量需要が見込まれるなら、すぐさま、 大量の苗が生産できる体勢はできていると思います。 すべては、経済の原則で動く世の中ですから、村おこし、町おこしに成功した先例のように、観光、 環境、地域振興などにからめ、、住民の熱意によって実現できるのではないかと思います。 タマナワザクラのように、カワヅザクラより一足早く咲くサクラを湘南・三浦方面に広めたいものです。



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