このレポートは、かたつむりNo.260[2004(平成16)8.29(Sun.)]に掲載されました

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ハマカンゾウの開花
運営委員 鈴 木 照 治
 
 どんな種類の植物でも、その生態を知れば知るほど、不思議さと謎が生まれます。 茶臼山ロッジで見た昼咲き月見草については、昨年の特集号に書きましたが、 もっと身近な藤沢に自生する植物でも、その生態の謎を見つけることができます。 それは、江の島にいち早く秋の訪れを告げるハマカンゾウの不思議な生態です。
 初夏のスカシユリに続いて、夏から秋の江の島の海辺に美しく色を添える海岸植物は ハマカンゾウです。花の直径5〜6cm、明るいオレンジに黄の筋入りで、 スカシユリより少し細弁だがより派手でほぼ同じ大きさの花が、日盛りの崖の上や下の縁(ヘリ)、 ときには砂浜の一角に群生する様は壮観なのですが、残念ながら、それは昔の話で、 今ではスカシユリともどもかつてのように群生してはいません。 しかし、よく見ると、花は付けないものの、小さな葉が多数、島のあちこちに生き残っています。 このことは、とりもなおさず、環境条件さえ昔のようにととのえば、 いつでも回復して花を付けることを意味します。洞窟へ行く途中の見上げる断崖の上には、 数株が毎年花を付けているのが観察されます。ハマカンゾウの開花期は、 暦の上での初秋に始まります。ツルボというかわいい球根 (随所に見られる雑草ですが、シラーと呼ばれるおなじみの同属園芸種があります) と同じ頃ですので、その花を見れば「ああ、今年もハマカンゾウの咲く季節か」と気づきます。 ハマカンゾウの開花最盛期は、ヒガンバナの開花期とほぼ一致します。
 ハマカンゾウについての、興味深い謎というのは、開花期の微妙なずれです。 ハマカンゾウの自生地は関東以西の太平洋岸ですが、 私はこれまで、「西へ行くほど開花が遅い」と思いこんでいました。 それはちょうど高原のススキが平地より早く穂を出すのと同じく、 秋の訪れをいち早く感じて花を付けるのだと勝手に解釈していたのです。 ところが、いちがいにそうとばかりはいえないことがわかってきて、とまどっているところです。
ハマカンゾウ・ノカンゾウ  ハマカンゾウノカンゾウに非常によく似ています。 写真で見る限り全く区別が付かない人が多いと思います。 ハマカンゾウの葉は、やや細身で、表面に少しつやがあること、 開花期が遅いこと以外にあまりきわだった違いが見られません。 専門家は花の形態の違いを判別点にしますが、一般には花の時期の違いの方がずっとわかりやすいのです。 ノカンゾウの開花期は6月下旬ですが、ハマカンゾウは早いものでも7月下旬、 普通は8月中旬以降です。一ヶ月以上も花の時期が違うのですから、分類の専門家でない素人でも、 これ一つを有力な根拠にして2つの種のちがいをハッキリ区別できるのです。 このように、開花期のちがいは、種の分類上、重要な要素の一つです。 そして、平成10年夏、友人から犬吠埼でハマカンゾウが、7月下旬に咲いていたと聞いて、 私は「そんなに早く咲くのだろうか」と思いました。江の島のはもっとずっと遅いと記憶していたからです。 実は、例年、コッキング苑南側のガケのような急斜面に、 ひと群のハマカンゾウが開花するのを楽しみにしていました。 ところが平成11年は例年になく7月下旬に、その急斜面が、全面刈り払われて、 花を咲かせるどころではなくなっていました。私の家の庭に、30年ほど前、伊豆半島今井浜産の ハマカンゾウを植えたところ、毎年9月上旬に元気に開花します。江の島のハマカンゾウ も開花期は例年、月遅れ盆の8月15日過ぎですから、 この限りでは、「西へ行くほど開花が遅い」という説を裏付けることになり、 私も長い間、それを信じていました。それに、昔読んだ書物に九州西海岸には アキノワスレグサという一群があって、秋に開花する旨の記載があったのも、 この説に固執するもとになったかと思います。ところが近年、この説に反する事実を目にしました。 それは平成11年、江の島で9月下旬にハマカンゾウが咲いているのを見かけたこと、 さらに三浦半島剣崎で、9月18日に一面に咲く群落を見たことです。 十数年前、愛知県蒲郡の西浦海岸でいっせいに開花する大群落を見たのは8月18日のことでした。 わたしの家でもハマカンゾウの開花には1ヶ月ぐらいの巾があるようです。 過去20数年間の開花の記録をきちんと取っておかなかったことが今になって悔やまれます。
ヘメロカリス  さて、ハマカンゾウキスゲ属(ヘメロカリス属)です。 この属には夏の高原を美しく彩るニッコウキスゲユウスゲが含まれ、 アメリカでよく庭に植えられるデイ・リリーもこの仲間です。 近頃園芸店では、球根植物として、鮮やかな赤や黄色のユリのような花のカラー写真に飾られたポリ袋詰めの ヘメロカリスを売っています。私は20数年前から、このデイ・リリーすなわち ヘメロカリスと呼ばれるキスゲ属園芸種が気に入って庭に育てて居りますが、5月上中旬の ヒメカンゾウから始まって、5月下旬から6月上中旬には早咲き系、 多くのものは6月中旬から7月上旬に咲き、7月中旬から8月には遅咲き、8月中下旬から9月に ハマカンゾウ、そして10月には早咲き系が返り咲き、さらに6月に多数の花を付けたあと、 8月、10月、11月と時ならぬ花を見せる四季咲き系があり、花色も豊富で、黄、赤、桃はもとより、 シャーペットトーンの中間色や白に近いもの、紫がかったものや複色系など、花色は極めて変化に富み、 今養成中のハマカンゾウとの交配種がどんな開花習性を示すのか楽しみにしています。 残念ながら、平成12年は、夏の間の管理が悪かったせいか、秋の開花が見られませんでした。 植えっぱなしで、何の手入れもせず、20年にも渡って毎年美しい花を咲かせてくれるヘメロカリス をありがたいものだと感謝しています。
 さて、平成12年の秋、10月13日、江の島の南の崖にハマカンゾウが咲いているのが見られました。 江の島系の野生種が以前のように、島全体に繁ってほしいと願うとともに、プランター、花壇、 植栽のいずれにも丈夫に育つハマカンゾウをぜひ植え広めてほしいと思います。ハマカンゾウ に限らず、ヘメロカリス属の野生種は、海岸を好んで生育するものが多いので、 湘南海岸の美化には最適の植物であることは確かです。四季咲き、 もしくは初夏と秋の二季咲きのものを海風にさらされる悪条件の場所の緑化材料に利用できると思います。
 2003年夏、テレビで、埼玉県見沼田んぼのあぜ道沿いに、地元の人たちがヤブカンゾウノカンゾウを植え、これが見事に咲きそろった姿(7月上旬)を写していました。 丈夫で繁殖力の強いものですから、日当たりさえよければ、年1〜2回、真夏(もしくは冬)の草刈りで、 大群落を造成することができます。 ハマカンゾウヘメロカリスも同様の管理で持続させることが可能です。 コスモスやヒマワリの畑が人を集める時代になり、ヘメロカリスの大花園もできています。 見渡すかぎりハマナスエゾキスゲユウスゲに似てひる咲きのヘメロカリス) の咲き続く北海道オホーツク海に面した小清水海岸の原生花園は有名ですが、ハマカンゾウスカシユリが湘南海岸を美しく飾っていたのはそう遠い昔ではなかったことも、 付記したいと思う次第です。
 知っているつもりだったハマカンゾウについて、開花期ひとつをとっても、 知らなさすぎたという反省が残りました。ハマカンゾウの開花期は、キスゲ 属の中では最も遅く、7月下旬から10月中旬までと巾があること、個々の株がいつ咲くのかは、 生育環境によるのではないかということが、今の私の見解です。いずれにしてもノカンゾウ とは明らかに開花期は違います。



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