ハマカンゾウの話 |
運営委員 鈴 木 照 治 |
今年は桜の花が早く咲き、夏の暑さも早く来ました。
8月中に秋雨前線が現れたり、いつまでも暑かったりして、
秋がどう来るのか見当がつきませんでした。
シロバナヒガンバナが、例年より2週間早く9月6日に咲きました。
雑草のツルボ、あちこちの庭のタマスダレの開花最盛期も例年よりかなり早いようでした。
私の庭のハマカンゾウは、今年も難題を仕掛けてくれました。
まず、8月下旬に1株だけが開花し、そのあと少し休んで、9月中旬にかなりの数が咲きました。
下旬の今、いくつか咲いて、さらに、数多くの花茎が伸びています。
前号のかたつむりでお話ししました通り、ハマカンゾウは、
8月中旬から10月上旬にかけて、花が咲くことが確かめられましたが、
開花の条件は依然よくわからないままです。
開花最盛期は、ヒガンバナの開花期と一致すると前に書きましたが、今年の開花も、その通りになりました。
ちなみに、今年のヒガンバナの開花は、去年より10日早く、平年より1週間早いようです。
桜や紅葉の時期が場所ごとに違うのに、ヒガンバナの開花が、なぜ、全国ほぼ同じなのか、との問いに、
NHK TVの気象の番組では、ヒガンバナは球根なので、土の中の温度は、地上より安定して、
ほぼその地域の平均を示すためとの説明でした。
ハマカンゾウも球根に近い性質をもつために、土中の温度が、
開花に関連しているのではないかと想像されます。
ちなみに、近年道路沿いの緑地の植栽に多用されるようになった
「斑入りヤブラン」もカンゾウ類と同じく球根に近い性質を持ち、
開花期も夏の終わりから秋半ばまでと、共通しています。
私は今まで、植物の開花は、気温に関係するとばかり思いこんでいましたが、
土中温度によるものもあうのだと気づかされ、考えれば当たり前のことなのに、
桜や紅葉のことが頭にあって、その先入観にとらわれて、考えを空回りさせていたようです。
土中温度は、浅いところでも、日較差(にちこうさ:最高と最低の温度差)
がほとんどなくその日の平均にほぼ一致し、深いほど変化はゆるやかで、
1〜2mの深さでは、ほぼその土地の年平均気温を示します。
洞窟の中は、夏すずしく暖かいのは、そのためです。
それでは、春のツクシやカタクリ、フキノトウなどはどうなんだろうと思ってみたりします。
ハマカンゾウの生態を見ると、ほかにもいくつか不思議なことがあります。 その一つが、繁殖の仕方です。 ヘメロカリス属(ハマカンゾウを含むキスゲ類) の植物は他の植物にはない独特の方法で種子を広範囲に散布します。 同属植物の種子は直径5mmほどもある堅くてつやのある黒色です。 花が終わると長卵形の朔果(豆のさやのように果汁のない果実)をしばらくつけていますが、 やがて熟し、乾いて先端に三つの割れ目が入り、強い風が吹くと、果実を支える長い柄が大きく振られ、 オーバースローの投手がくり出す速球のように、果実の中に詰まっていた重みのある種子が、 より遠くへ放り投げられるのです。大粒の種子から芽生えた子苗は、2年で開花株に生長します。 他の植物の育ちにくい悪条件の環境にキスゲ属植物が、大群落をつくることができるのは、 この重くて大粒の種子を効率よく広範囲に散布できる繁殖法が、有効にはたらいていると想像されます。 ハマカンゾウも種子散布に関しては、他の仲間と同様、マサカリ投法(遠心力投てき法)なのですが、 それに加えて、横走地下茎による栄養繁殖法が大いに活用される点が、他のキスゲ属と異なります。 この栄養繁殖法は、ヤブカンゾウやノカンゾウでも行われていますが、 株元に子株を生じる他のキスゲ属と大きな差はなく、親株からあまり離れずに子株を生じます。 ところが、ハマカンゾウは、長く横走する地下茎を持ち、かなり離れた場所に子株を生じます。 この性質は、多くの海岸植物の特性で、コウボウムギ、ハマヒルガオ、 ハマゴウなどでは海岸砂丘植物群落を形成するのに重要な役割を担います。 江の島におけるハマカンゾウの生活域は、岩場に限定されるように見受けられますが、かっては、 引地川河口のニエアール記念碑近くに砂浜にも、ハマカンゾウの群落があって、ハマカンゾウが、 海岸砂丘にも生活域をもっていたことがうかがわれます。 ノカンゾウの開花期について、その後気づいたことがあります。 2003年夏、日光植物園で、8月上旬咲きのノカンゾウを観察しました。 これは、ニッコウキスゲが藤沢では5月中旬に開花するのに、高原では2ヶ月後の7月中旬になるように、 日光ではノカンゾウが、平地より1ヶ月ほど開花が遅れるものと、そのときは思っていました。 ところが、今年の8月1日、以前、少年団で訪れた瀬上池で、 ノカンゾウが咲いているのを観察しました。 花のすぐそばに、すでに花期を終えた花軸が何本か残っていて、1ヶ月くらい前にも、 多数開花したことが明らかにわかる状態でした。ハマカンゾウの開花期が、 8月中旬から10月中旬と巾があるのに対して、 ノカンゾウの開花期も6月下旬から8月上旬と巾があることがうかがえます。 こうしてみると、遅咲きのノカンゾウと早咲きのハマカンゾウ の開花期がつながってしまうことがないともいえず、開花期の違いだけでは、区別がしにくくなりました。 さて、ハマカンゾウとノカンゾウの花を比べてみると、実によく似ています。 花びらの周辺から花の中心に至るグラデーション(移り変わり)や中心部の黄色部の形に至るまで、 両者全く同じパターンです。違いを云うなら、内花被(6枚の花弁のうち、つぼみのとき、 中に包まれていて見えない方の3枚)の巾がハマカンゾウの方がややせまく、 外花被(つぼみを包む3枚)と同じ大きさになる点です。 そのせいか、ノカンゾウの花がややハデに、 ハマカンゾウの花がスマートに見えるのが違いと云えばいえるでしょう。 色合いの巾や、ハニースポット(昆虫を花の奥に導く目印の模様)の強弱などは、両種とも、 いろいろな巾があるようです。 専門書は、ラッパ状の花のつけ根の細くなった筒状の部分の長さが違う点をあげます。 ノカンゾウでは細長く伸びて3〜4cmにもなるのに、他の種類では、 1〜2cmしかないとしています。ノカンゾウの学名が Hemerokallis longituba MIQ. (長い筒のヘメロカリス)なのは、この特徴に基づきます。しかしハマカンゾウ でも、園芸種のヘメロカリスでも、花筒の長さは1〜3cmとさまざまです。もし、 ノカンゾウを調べて、花筒の短いものが見つかれば、この分類法は成り立たないことになります。 来年へ向けての新しい課題が一つ生まれました。 ハマカンゾウをめぐって、いくつかの疑問が出ましたが、 植物分類の勉強をしっかりしてこなかった私には、 このあたりが限界かなと追求する気力を失いかけていました。 今年の6月、小石川植物園*を案内するための下見に訪れた際、薬草園の一角に、 キスゲ属植物の多くの種類が名札を付けて植えられているのを見て、さすが東大の実習園と感心し、 花は咲いていませんでしたが、名札を入れて写真に撮りました。このことを、ふと思い出して、 名札の写った画像を呼び出して学名を見ると、なんとノカンゾウとハマカンゾウは、 どちらもヤブカンゾウと同じく、ワスレグサ(ホンカンゾウ)の変種、 つまりこれらはすべて同一種にまとめられていたのです。なーんだそうだったのか、と、 これまで頭をつつんでいた霧がすーっと晴れていくような気がしました。 ワスレグサは園芸種ヘメロカリスの改良母体になった種類です。 それにしても、市販の図鑑類は、半世紀以上も前の分類を引きずっているのか、 これら三つの植物をそれぞれ別種として登載しているのは、素人を混乱させるもとではないか、 改訂版には、そのつど、最新の研究成果を必ず反映させてほしいものだと思いました**。 分類は植物研究の基本と云われますが、松本先生のいない今、 身近に植物分類に詳しい人がいないのは、とても残念なことです。 *正式名は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園で、植物学の教育実習施設。 日本最古、世界でも有数の歴史を持つ。貞享元(1684)年徳川幕府が、小石川薬園を設けたのに始まる。 ちなみに、江の島のサミエル・コッキング苑のもとの植物園は日本で3番目に古い。 **平成9(1997)年初版が出た「新版・原色牧野植物大図鑑」では、ようやく、 私たちに身近の三者(ハマ・ノ・ヤブ)が、同一種とされました。 昭和13(1938)年の初版から60年目になります。 |