このレポートは、かたつむりNo.270[2005(平成17)4.17(Sun.)]に掲載されました

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ナズナの二型
運営委員 鈴 木 照 治
 
@ ナズナ

A ニワナズナ

B ニオイナズナ

C オオナズナ
 この四つのうち、三つは実際にある植物で、一つだけ、架空の名前です。どれだかわかりますか?
私の家の居間の窓から、お隣の庭がよく見えます。去年、それまであった木をすべて切り払ったため、 日当たりのよい裸地(らち=なにも生えていない土だけの場所)ができました。 暮には一本の草もないほど、きれいに草取りが行われて、黒い土の上を、一日に数回人が通る状態になっていました。三月も半ばを過ぎたある日、
通常葉
さじ葉
混在型
ふとこの庭をながめると、たくさんの小さな草が芽生えて、 放射状に広がった葉の中心から10〜20cmの細い茎を立て、 その先に1〜2mmの小さな白い花を群がるようにつけていました。ナズナです。 「よく見れば なづな花咲く 垣根かな」とは江戸時代のよく知られた句です。人の気づかないところで、 いつのまにか生育し、花を咲かせ、種子を散らして一族を繁栄させるナズナの特性を、 17文字でよく表しています。私も、さっそく写真をとりに行きました。 すると、タンポポと同じくギザギザに深く切れ込みのある葉を付けた普通のナズナと少し離れたところに、 長楕円形のヘラのような葉ばかりをつけたスイートアリッサムのような植物がありました。 花はナズナと同じなので、これもナズナだとは思いましたが、葉の形がまったく違うので、 もしかすると近頃市街地に多くなったマメグンバイナズナかも知れないと写真にとりました。そして、 あたりを見回すと、両方の葉をとり混ぜてつけているナズナをみつけて、ああ、 これは全部ナズナなんだなと納得することができました。そして、今から50年以上前の植物形態学の本に、 このことが載っているのを思い出しました。「ナズナは短日条件下においては、 深く切れ込んだ鋸歯状の葉をロゼット状に地表に密生し、花茎を出さない。 長日条件下では切れ込みのない葉をつけた花茎を出す。長日条件下で芽生えたものは長楕円形の葉をつけ、 小さくても花茎を出す」というような説明と、越冬形の大きな個体と並べて、 その10分に1にも満たない春形の小さな個体の絵が載せてありました。しかし、今、 私が目の前にしているナズナの二つの個体は、大きさにそれほどの違いがなく、 しかも花茎の部分だけ見れば、ほぼ同形同大にもかかわらず、根生葉が全く違うものです。図鑑にも、 「ときに楕円形の葉を生ずる」とありますから、同じ種類で、全く違った姿、かたちをすることもあるのだと、 生物の世界の不思議さに心を打たれます。皆さんも、 同じ種類で全く違う体の模様をしたテントウムシがあることは知っているでしょう。イチョウの葉も、 深い切れ込みがいくつも入るものから、切れ込みの全くないものまで多様ですし、ヒイラギでも、 トゲのたくさんあるものと、全くないものがあることなど、植物の世界でも、いろいろな実例が観察できます。 私たちは、生物の世界には、実にたくさんの種類があることを知るとともに、 一つの種類が一つの形に決まっているわけではないことも知っています。 そして、長い年月の間には、種の特徴も変わる(進化する) ことも学んでいます。しかし、このことは教わって知っているだけでは十分ではなくて、自分の眼で  確かめて、考えて、納得する  まで行かないと、それを応用して実際に役立つものにはなりません。今年の活動でも、ぜひ、 そのことを実行できるよう願っています。
 はじめに出した問題の答はBです。ニオイナズナというのはありません。ニワナズナは、 英名スイート アリッサム(Sweet alyssum) で、冬花壇の材料に使われるにおいのよい花です。 ニワナズナ オオナズナ オオナズナはナズナと同一種で、葉の羽状裂片が楕円形で、耳状部がつかないものをいいます。 休耕中の畑や水田に密生する場合、形になるようで、食用には最適です (花茎が出ると固くて食べられません)。図鑑にも出ているので、実在としました。 皆さんも、この春には、どうか実物で確かめて下さい。



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