スミレの拠点 |
運営委員 鈴 木 照 治 |
多くの野草が、都会の住宅地から姿を消した中で、
意外なところに生き残っている野草を見つけることがあります。
本スミレもその一つで、住宅地から一歩、郊外にふみ出したところでは、石だたみや、石段、
ときには道路舗装のすきまなどを探すと、見つかる例が多くあります。自生の状態は、群生ではなく、
一株、一株、離れて生育する場合が多いのですが、ときには、
舗装道路の縁に沿って一列に長く連なって生えそろっている姿も見られ(古河、青梅)、さらに、
お寺の本堂前の広場一面、
まばらに散らばって多数の株が群生して花を咲かせる風景も見たことがあります(登戸)。
15年くらい前、用田乗福寺本堂前の広場一面に広がる花盛りの大群落に出会ったときは、
濃い緑の葉と、濃いスミレ色の花のかもし出す色合わせの不思議さに圧倒された気分になりました。
今流行のグランドカバー用クリーピングビオラとは、かなり違う趣でした。数年前、再び訪れたときには、
除草のためか、残念ながら、芝生の中や庭石のきわにまばらに残って花を着けている状態でしたが、
スミレが健在であったことが、せめてもの救いでした。スミレはこのように、裸地か、石と石の間など、無植生
(まわりに他の植物の生えていない)に近い向陽の立地
(ある環境状態の土地)に自生することがわかります。 都会からどんどん撤退していく野草が多い中で、 本スミレ以上にしぶとくふみとどまっているスミレの仲間がタチツボスミレです。 もともと、雑木林によく見られたスミレでしたが、本拠地としていた雑木林のほとんどが、すっかり荒廃して、 ササ類が生い茂り、今では山道のきわなどにわずかに残る状態です。ところが最近は、 良好な管理がなされるようになった自然公園のような所では、定期的に下刈りのような雑草除去がおこなわれ、 落葉樹の下に新しい生活の場を得たようにタチツボスミレの群落があちこちに見られます。 雑木林をはじめ、土手、農道や生活道路の路側帯など、年に数回、下草刈りの行われるほか、 ほとんど人の踏み込むことのない立地が、昔の農村には広く存在しましたが、 今ではこれと似た環境条件の立地はなくなり、空閑地は、 放置と不定期の完全除草のいずれかに二極分化した結果、 かっての農業生活とセットになった雑木林や農道周辺の土手や草地を生活の場としていた野草群が、 都市化の流れと、農業そのものの近代化によって、その生活の基盤としてきた環境を失ってしまったのです。 そして、特定の雑草(砂漠のような植生限界に近い立地を原産地とする帰化植物) ばかりがはびこるようになったと考えられます。 このような状況の中で、タチツボスミレの生活を保障する立地だけは、 かろうじてそこここに残されたのです。それは、年数回、定期的に地際から刈り取る方式の除草管理です。 盛夏を過ぎてから草刈り、除草が行われた場合、裸地に近い状態になっているところでは、 雨が降っても、夏草の種子の発芽は抑えられ、ナズナに代表される二年草 (越年して翌春に開花する草) が発芽、生長します。秋野菜、春野菜のための畑つくりにともなう周辺の草刈りや、 農閑期に行われる山仕事など、かって農家が営んできた雑木林や田畑周辺の管理が、 日本在来の野草をはぐくんできたことは、容易に想像されることです。 近頃整いつつある自然公園や観光客向けのハイキングコースの山道では、定期的に道ばたの除草をするため、 そのような場所ではタチツボスミレが自生できるのです。ちなみに、私の家では、 長い間、タチツボスミレが住みついていましたが、 観賞用に植えたベニカタバミが異常に繁殖して裸地を覆いつくし、 良く除草が行われている隣の庭に逃げられてしまいました。 スミレもタチツボスミレも、適当な環境さえ用意するなら、元気な姿を見ることはそう難しくはありません。 秋から冬にかけて、半日以上日の当たる裸地があれば、試してみることができます。 土を入れたプランターや植木鉢でもできます。 赤玉土(小粒)か小粒軽石主体の山草用土を 1cm くらいの厚さに敷いて、如露で潅水して用土を落ち着かせ、 種を少量蒔いておけば、あとは何もしないでも、次の年の春には花が見られます。 もっと手軽にやるには、表土の見える状態のプランターがあれば、 草花と草花のすきまに前に述べた用土を敷いてここに種を蒔けばよいのです。 すぐに鉢いっぱいに広がる草花ではなく、球根のように根もとの土が丸見えで日がよく当たるような鉢なら、 きっとうまくいきます。種の採り方は簡単で、春のうちに花が咲いているのをマークしておいて、、 5〜6月に行ってみると、たくさんの果実がついていますから、熟したもの (真上を向いている)を一つだけ採集して、すぐ採り蒔き (日を置かず、すぐに蒔く)すればよいのです。 やってみてうまくいくようなら、他の環境条件の良いところにも種を蒔いて、 果たしてその場所に出てくるかどうか試してみると、そこが野草に適した環境か否かが診断できます。 よく町なかで見られる珍しい野草の中には、案外、誰かの仕業によるものがあるのかも知れません。 |