ノコンギク分布の謎 |
運営委員 鈴 木 照 治 |
秋の終わり、長柄・桜山古墳のある山を歩きました。 5回目になりますが、毎回、新しい発見があります。その一つ、 今回は満開のヤマシロギク(牧野図鑑ではシロヨメナ)に出会ったことです。 ヤマシロギクは、土手やあぜ道に咲く野菊として親しまれるノコンギクの仲間ですが、 山の少し日の当たる道ばたに多く、花が白いのでヤマシロギクといわれます。日本ばかりでなく、 海外にも広く分布しているとのことです。草丈は1m前後、葉は長楕円状被針形(葉の一番巾の広いところが、 葉の真ん中よりややつけねに寄ったところにある)、下半部急に狭まり濃緑色、花は茎の先に多数、 散房花序(花をつける枝が、茎の下の方から出たものは長く、 先の方から出たものは短いので、 傘を広げたように花が茎の先に平らに広がって咲く花のつけ方)、1つの花は直径2cm、10〜20輪ほどが、 何本か花茎を出し、群がって咲くと、日陰の多い山道では、とても目立ちます。秋も深まった今の季節、 この花をどんな昆虫が訪れるのだろうと、注意して見るのですが、立冬間近のこの時期では、 ほとんど昆虫の姿は見られません。日中、気温が上がれば、 アブかセセリチョウの仲間が来るのだろうと想像するだけです。 まだヤツデの花はつぼみがふくらみかけているところですし、 近くの人家の庭先ではサザンカが咲き始めたところです。 木ヘンに冬と書く柊(ヒイラギ)が咲くのもこの季節です。私の家の庭すみにも、毎年、ヤマシロギクが咲きます。 20年くらい前、丹沢近くのものを入手し植えはなしでそのまま生き続けています。 花びら(舌状花)の巾が1mmと細く、葉もほっそりとして、逗子のものとはかなりおもむきがちがいます。 箱根や丹沢にはそれぞれ地方変異が自生するとのことです。野外活動センターまで下りると、 庭の道端にノコンギクが1輪咲いていました。花はうす紫、葉は明るい緑で長楕円形、花数は少なくやや大輪で、 山道で見たヤマシロギクとは明らかにちがいます。家にある図鑑(50年前の)を見ると、ノコンギク、 ヤマシロギク、キントキシロヨメナ(丈低く花少数、箱根特産)、サガミギク(葉が細長い神奈川県産)、 ハマコンギク(以前エノシマヨメナともよばれた相模湾沿岸産の海岸型)など、 すべてまとめてノヤマコンギクの1種としています。 さらに、箱根にはハコネギク(ミヤマコンギク:丈低く濃紺色)という高山型の近似種もあります。 これらはそれぞれ、形態と生態および生育地、生育環境を異にして、少しずつちがう特性を身につけ、 それを代々受け継いで生き続けて来たものです。ヤマシロギクとノコンギクの間には、 中途半端な中間形は見つかりません。自然状態で交雑が行われず、 生理的にも分離の状態が続いているように思われます。藤沢メダカを飼うときは、 ヒメダカのような他のメダカを、決してまぜることのないように注意が必要です。 同じ1つの種類であるノコンギクとヤマシロギクとは、近くに生えているのにまざってしまわないのでしょうか。 1つだけ想像してみます。それは、繁殖の方法です。 もし、ノヤマコンギクで総称されるこれら一群の植物グループが、すべて、 もっぱら栄養繁殖主体の増え方をしていて、有性繁殖はめったに行わないものと仮定すれば、 きわめて合点がいくのです。それは、もとになる個体が、栄養繁殖で最適の生育場所を占有し続ければ、 中間型の入り込む余地は全くないからです。キク科多年草の多くは栄養繁殖でふえます。 我が家のヤマシロギクも、20年このかた、同じ場所に存続しています。 種子でふえている形跡はまったくありません。ヤブカンゾウやヒガンバナのように人間の手で」植え広げられ、 各地に広がったのでなければ、どうして各地の道端に広がったのでしょうか。1つ考えられるのは、 近年まで行われていた「道普請」の習慣です。土手やあぜ道では、毎年のように盛り土が行われて、 地下茎の切れ端が移動し増殖が促進されることは容易に想像できます。 ノコンギクがこうして広がったということはできそうですが、ヤマシロギクではどうでしょうか。 今日のように道路交通網が整備されるのは、20世紀後半で、 それ以前は尾根道沿いに人が歩いて通る生活道路が各地にはりめぐらされ、 道普請もしばしば行われていたものと考えられます。そうした土の移動によって、 山道沿いにヤマシロギクが広がったとするのはやはり、荒唐無稽(コウトウムケイ:アリエナイコト )な考えでしょうか。そう考えるのも、我が家で30年以上も前に、わずか3球購入したベニカタバミが、 土の移動とともに庭全体に広がり、隣近所にまで及ぶに至った現実からの連想です。 なお、ノヤマコンギクの属するシオン属の果実はそう果というゴマ粒を縦にわったような平たく小さな実で、 短い冠毛があるため、衣服によく付着します。このゴミのように小さい果実が動物の体についたり、 泥に混じって足について運ばれるということもありうることです。身近な草や木について、 いろいろな疑問をぶつけ、想像してみると面白いと思います。なお、この山歩きでは、 キチジョウソウ(吉祥草:めったに咲かないその花を見るとよいことがあるという)の群落があり、 1本だけ花を見ることができました。この原稿をまとめるために総合図書館に行って新しい図鑑を見ると、 この種はシベリアノコンギク(ノヤマコンギク)にまとめられ、インドから東アジアに広く分布し、 さまざまの変異を含んだ植物グループであると書いてありました。 |