このレポートは、かたつむりNo.286[2006(平成18)6.11(Sun.)]に掲載されました

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海岸植物ハマボッス
運営委員 鈴 木 照 治
 
ハマボッス
■ハマボッス

ハマボッス
■ハマボッス

オカトラノオ
■オカトラノオ

クサレダマ
■クサレダマ

 江の島をめぐる海岸の岩場に行けば必ず見られる植物として真っ先に挙げたいのが ハマボッスです。 つやのある線状の葉のつくるロゼットをむき出しの岩の表面に密着して生きる姿は、 海岸断崖植物の典型を示しています。 海につき出した岩という、いわば陸地の最前線に当たる極めて厳しい環境での生活は、 高山や極地の植物と相通じるものがあります。
 潮風の吹き付ける臨海の土地では、多くの植物が緑の部分を失った状態で冬を越します。 そこでは、里山や野辺の日だまりのように、春早くから花を咲かせるものはありません。 四月の新緑から1ヶ月余を経た5月中旬には、ようやくこれらの植物にとって、 一年間のうちで最も環境条件がよくなって、繁栄の頂点を迎えることになります。 内陸部でもこの事情は同じで、卯の花をはじめ、多くの花の見られる時期になります。 この頃から、アジサイ(原種は海岸植物)の花の色づく6月中旬までが、海岸植物の最盛期です。 梅雨に入る直前の6月上旬(今年のように、桜の開花が早い年は5月下旬) に繰り広げられるこのすばらしい天然の花園を、ぜひご覧になるよう、おすすめします。 昔は、至るところに自然状態の海岸植生が見られましたが、 今では残念ながらごく一部の限られた場所にしか見られません。 都市開発の波による自然の後退は、江の島も例外ではなく、 今では残り少ない江の島の海岸植物の中でも、 ハマボッスの白い花は特に目立ちます。
 ハマボッスの属するオカトラノオ属(Lysimachia Gen.) はサクラソウ科の中でも、世界中の草原に極めて多数の仲間があります。 日本の草原に野生するオカトラノオやクサレダマもこの仲間で、 ひと昔前までは郊外で至るところに見られたものです。 この属には多くのガーデニング用園芸植物が知られ、「リシマキア」の名で紹介されています。 このハマボッスも見た目にはガーデニング材料として打ってつけで、 短期間にロックガーデンを実現できそうです。ただし、惜しいことに、種でしか殖やせないうえ、 移植ができないので、通常の花壇造りには向きません。
 夏には大量の種ができますから、大事に採種したらすぐ、日のよく当たる、 他の草の陰にならない環境を選んで直蒔きするか、ポットに蒔いて管理し、 鉢土をくずさず植出せば、翌年の初夏には花が見られます。 要は日に当てることと、他の草の侵入を防ぐことですから、 庭ならロックガーデン風にする工夫が必要です。 江の島の自生地をもっと大事にしたいものです。
 近年、イソギクも、高温と乾燥に強い海岸植物の特性に目を付けて、 ガーデニング用に利用されるようになりましたから、ハマボッスの仲間も、 利用法が開発されるかも知れません。もし、江の島で潮風の吹きつける花壇に、 「江の島のハマボッス」が紹介されるなら、 花見ツアーが流行する昨今、面白い趣向と考えますが、いかがなものでしょうか。  さて、ハマボッスの属するオカトラノオ属植物は、 全世界に約110種、北半球の温帯を中心に生じ、日本では主に草原に分布します。 乾燥地にも(オカトラノオ)、湿原にも(ヌマトラノオ)生活し、外来種では、 熱帯魚の水槽に入れる水草もあります。庭に生じる雑草(コナスビ)もあります。 近頃園芸種で、這って地面を覆い、黄色い花を咲かせるものや、 4〜50cm直立した茎の先に多数の黄花を咲かせるものなど(いずれも園芸名「リシマキア」) 極めて多彩です。こうした中で、 海岸の岩場に生活の場を定めたハマボッスは異色の存在です。 それは、同属の他種の多くが、 長い匐枝(ふくし=竹やササのように地中を横に這う繁殖用の枝)を持つ多年草なのに対し、 ハマボッスは2年草で、種のみで繁殖します。 どちらのやり方が生活により有利かは、環境条件によって、優劣が逆転します。 たがいに近縁なのは、花のつくりが、この属共通の特徴を示すことによります。 属名の由来、マケドニア王リシマクスとはどんな人なのでしょうか。


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