海岸植物ハマボッス | ||||||||
運営委員 鈴 木 照 治 | ||||||||
潮風の吹き付ける臨海の土地では、多くの植物が緑の部分を失った状態で冬を越します。 そこでは、里山や野辺の日だまりのように、春早くから花を咲かせるものはありません。 四月の新緑から1ヶ月余を経た5月中旬には、ようやくこれらの植物にとって、 一年間のうちで最も環境条件がよくなって、繁栄の頂点を迎えることになります。 内陸部でもこの事情は同じで、卯の花をはじめ、多くの花の見られる時期になります。 この頃から、アジサイ(原種は海岸植物)の花の色づく6月中旬までが、海岸植物の最盛期です。 梅雨に入る直前の6月上旬(今年のように、桜の開花が早い年は5月下旬) に繰り広げられるこのすばらしい天然の花園を、ぜひご覧になるよう、おすすめします。 昔は、至るところに自然状態の海岸植生が見られましたが、 今では残念ながらごく一部の限られた場所にしか見られません。 都市開発の波による自然の後退は、江の島も例外ではなく、 今では残り少ない江の島の海岸植物の中でも、 ハマボッスの白い花は特に目立ちます。 ハマボッスの属するオカトラノオ属(Lysimachia Gen.) はサクラソウ科の中でも、世界中の草原に極めて多数の仲間があります。 日本の草原に野生するオカトラノオやクサレダマもこの仲間で、 ひと昔前までは郊外で至るところに見られたものです。 この属には多くのガーデニング用園芸植物が知られ、「リシマキア」の名で紹介されています。 このハマボッスも見た目にはガーデニング材料として打ってつけで、 短期間にロックガーデンを実現できそうです。ただし、惜しいことに、種でしか殖やせないうえ、 移植ができないので、通常の花壇造りには向きません。 夏には大量の種ができますから、大事に採種したらすぐ、日のよく当たる、 他の草の陰にならない環境を選んで直蒔きするか、ポットに蒔いて管理し、 鉢土をくずさず植出せば、翌年の初夏には花が見られます。 要は日に当てることと、他の草の侵入を防ぐことですから、 庭ならロックガーデン風にする工夫が必要です。 江の島の自生地をもっと大事にしたいものです。 近年、イソギクも、高温と乾燥に強い海岸植物の特性に目を付けて、 ガーデニング用に利用されるようになりましたから、ハマボッスの仲間も、 利用法が開発されるかも知れません。もし、江の島で潮風の吹きつける花壇に、 「江の島のハマボッス」が紹介されるなら、 花見ツアーが流行する昨今、面白い趣向と考えますが、いかがなものでしょうか。 さて、ハマボッスの属するオカトラノオ属植物は、 全世界に約110種、北半球の温帯を中心に生じ、日本では主に草原に分布します。 乾燥地にも(オカトラノオ)、湿原にも(ヌマトラノオ)生活し、外来種では、 熱帯魚の水槽に入れる水草もあります。庭に生じる雑草(コナスビ)もあります。 近頃園芸種で、這って地面を覆い、黄色い花を咲かせるものや、 4〜50cm直立した茎の先に多数の黄花を咲かせるものなど(いずれも園芸名「リシマキア」) 極めて多彩です。こうした中で、 海岸の岩場に生活の場を定めたハマボッスは異色の存在です。 それは、同属の他種の多くが、 長い匐枝(ふくし=竹やササのように地中を横に這う繁殖用の枝)を持つ多年草なのに対し、 ハマボッスは2年草で、種のみで繁殖します。 どちらのやり方が生活により有利かは、環境条件によって、優劣が逆転します。 たがいに近縁なのは、花のつくりが、この属共通の特徴を示すことによります。 属名の由来、マケドニア王リシマクスとはどんな人なのでしょうか。 |