このレポートは、かたつむりNo.287[2006(平成18)7.2(Sun.)]に掲載されました

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海岸断崖最前線のタイトゴメ
運営委員 鈴 木 照 治
 
タイトゴメ
■タイトゴメ
 
タイトゴメ
■タイトゴメ
 
オオベンケイソウ
■オオベンケイソウ
 
メキシコマンネングサ
■メキシコマンネングサ
 
メキシコマンネングサ
■メキシコマンネングサ
 
オノマンネングサ
■オノマンネングサ
 
キリンソウ
■キリンソウ
 
ホソバノキリンソウ
■ホソバノキリンソウ
 
タイトゴメ?大船
■タイトゴメ?大船
 タイトゴメ−−珍しい名前のついたこの植物は、 東京近辺では江の島特産と言っても言い過ぎとはいえないくらい、今では希少な存在になりました。 高校時代、見たこともない多肉植物を見せられ、江の島の岩場特産のタイトゴメと教えられ、 つやのある飯粒のような多肉の葉を密生するわずか数cmほどの植物を奇異の目で眺めたものです。
 海岸の断崖を構成するむき出しの岩の表面は、植物の生育にはこの上なく厳しい環境です。 他の植物の進出を許さない岩のわずかな隙間には、ただ一種、タイトゴメだけが根を下ろしています。 タイトゴメはベンケイソウ科の多年草で、昔、内陸の岩場に見られたベンケイソウやキリンソウ、 それに山草のミセバヤや園芸店で売り出される「金のなる木(桜花月)」などの仲間です。 もっと身近には、 畑の雑草のコモチマンネングサや今では住宅地の庭に珍しくなくなった メキシコマンネングサにより近い、キリンソウ属(Sedum Gen.)の一員です。 タイトゴメの栽培は容易で、サボテン用の土を使い、 小さな鉢に植えて日当たりのよい所で管理すれば元気に育ちます。 初夏に鮮やかな黄色で星形の五弁花を数個咲かせます。 庭で観賞するならメキシコマンネングサの方が花数も多く、群生させれば見事です。 メキシコマンネングサは、江の島のサムエル・コッキング苑では、温室遺構の周囲に、 コンボルブルスとともに、植えられています。 鉢植えならベンケイソウかキリンソウの方が大きな花房をつけて、見栄えがあります。 やはり、タイトゴメは岩場に野生するのを見るのがいいでしょう。 水分や養分の乏しいところで、根を地中深く伸ばさず、 わずかに自分の体を大地に固着させるだけで生きて行くためには、葉を多肉に変え、 水を貯えることで生命活動を維持する戦略が有効です。 キリンソウ属の仲間はこうして向陽の岩場に適応し、生活の場を広げたのでしょう。 中でもタイトゴメは最前線の海辺に進出したのです。高山の岩場には別の仲間ががんばっています。 タイトゴメの小さいからだには、こんな生命の歴史が刻まれているのです。 タイトゴメの分布はイソギク型です。藤沢では言うまでもなく江の島だけにしかありませんし、 県下では三浦半島海岸のごく一部のみに分布します。 なお、メキシコマンネングサにきわめてよく似たオノマンネングサという種類があり、 日本に自生します。草姿も花もそっくりでほとんど区別が付きませんが、 並べてよく比べて見ればなるほど確かに違うということがわかります。 それは、 @ オノマンネングサの葉先は鋭くとがるのに対し、 メキシコマンネングサの葉先は鈍くとがる。 A 茎に対する葉の付き方が、 オノマンネングサは3輪生で、メキシコマンネングサでは4〜5輪生である。 ただし、長く伸びた花茎では、どちらも互生に移行しますので、この区別はあいまいです。  B 花の付き方で、オノマンネングサでは、多数の花茎を出すが、 1本の花茎につく花数が少ないのに対し、メキシコマンネングサでは、 高く伸びた1本の花茎の先が5分岐し、そこに多数の花を付ける。 ……などの違いが浮かび上がります。なにしろ、並んで生えているわけではないので、 見極めが難しいのです。 タイトゴメの表題をかかげておきながら、 他の種類をいろいろ説明するのは、この3種類の生育する環境が、 岩の露出する向陽地という共通点をもつからです。 数年前、富士山西麓の小田貫湿原(白糸の滝の来北)で、 小川の縁(ヘリ)の岩上に、一面に生えるオノマンネングサを見ることができました。4月29日、 みどりの日のことで、付近の標高の高いところでは、まだ、フジザクラが咲いていました。 6月上旬はタイトゴメやハマボッスの開花最盛期にあたります。 めずらしく晴天の続いた昨年の5月28日、タイトゴメの写真を撮りに江の島へ行きました。 手軽な観察場所は、女性センター裏の防波堤に通じる道路の歩道沿いに続くせまい緑地帯です。 強風のため、植栽がなくなって裸地化したところに、以前は一面に生えていた海岸植物は、 ほとんど失われて、かわりに雑草のオオツメクサによく似たハマツメクサだけがはびこり、 ところどころにツルナの群落があり、 女性センターの石垣の上にはイソギクが点在する状態になっていました。 何年か前、行ったときには、もっとたくさんのイソギクが群落をつくり、 ハマボッスやタイトゴメがあちこちに見られたので、一株ぐらいは見つかるだろうと、 さんざん探し回ったところ、ハマボッスは見つかりましたが、 タイトゴメはついに見つかりませんでした。 そこをあきらめ、防波堤の外へ出て、立入禁止の場所を避けながら、 近寄れる岩場の緑の縁を丹念に探しましたが、ハマボッスやハマカンゾウ、スカシユリ、 それにきれいな藍紫色のクサフジなどは見つかりましたが、目当てのタイトゴメは、 ついに見つかりませんでした。あきらめて、この日は帰りました。 その後、稚児ヶ淵の岩上に群落があることがわかりました。
 10年以上も前のことですが、片瀬山を歩いた折、 宅地として造成された空き地の道路から一段高い石垣の上縁に、 タイトゴメが、小さな群落を作っているのを見ました。 よく日の当たる岩の上と似た環境とはいいながら、 海岸からはかなり離れた(1km以上)こんな所にもタイトゴメがあるのかと少々疑問に思いましたが、 花の時期ではなかったので、撮影も採集もしないで通り過ぎました。その後、 松本先生からオオタイトゴメというよく似た帰化植物が都会地に侵入しつつあるという話を聞いて、 それかもしれないと思い、数年前に、片瀬山の同じ場所に行って見ましたが、 しばしば除草の行われる都会地のことですから、それらしい植物は、あとかたもなく消えていました。 ところが、今年の6月、 大船フラワーセンター近くの大規模住宅団地の道路から数十cmの低い石垣の上に、 見事に咲きそろったタイトゴメの大群落を見つけて写真に撮りました。 しかし、小粒(米粒の半分以下)であることに、ふたたび疑問がわきました。 これもオオタイトゴメのようにタイトゴメとは別の帰化植物かもしれないという気がしたからです。 なにしろこの場所は海から5kmも10kmも離れているので、 タイトゴメが自然に分布したとは到底考えられないからです。花の最盛期は6月20日前後です。 草丈3〜5cmしかない点、メキシコマンネングサ(草丈10〜15cm) より地面に密着した緑被材料として屋上や垂直面の緑化に利用できるかもしれません。 名古屋万博ではSedum属のマンネングサ類が注目されていました。 タイトゴメの属するキリンソウ属(Sedum Gen.)は、350種を超す大所帯です。 植物体の姿もきわめて多様で、多肉質のも共通で、輝くような黄花のものが多いのですが、 ベンケイソウのように淡紅紫色のものもあります。開花期はそれぞれ微妙に違います。 オノマンネングサは4月下旬、メキシコマンネングサは5月中旬、 タイトゴメは6月上旬(大船のは6/20)、雑草のコモチマンネングサは6月中下旬、 ベンケイソウはもっと後になります。試験栽培して、確かめることもできるでしょう。 江ノ島のサムエル・コッキング苑で、他のキリンソウ属ともども比較展示するのも面白いと思います。 身近に見られる極地植物タイトゴメが、いつまでも江の島に存続することを切に望みます。


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