私の家のさして広くない庭の一角に、今年も6月中旬、ツリガネソウの一種が花をつけました。
欧米でカンパニュラと呼ばれるツリガネソウの仲間は、二系統あって、
1つはいわゆるツリガネソウ(牧野図鑑ではフウリンソウ)で、
日本のホタルブクロもこの仲間に入ります。
もう1つはアデノフォラ(ツリガネニンジン)属で、やや小輪で多数の花をつけます。
高山植物の見本のようなヒメシャジンが同属です。ツリガネニンジンが、
藤沢のあちこちにごく普通に見られたのは20年以上も前までであったと思います。
雑草を食べる会を始めたころは、少年の森にもたくさんありました。
近頃はほとんどなくなりましたが、数年前、町田の薬師池近くを歩いているとき、
道より高みの民家の土手にツリガネニンジンが咲いているのを見つけて懐かしさに写真に撮りました。
これとは別に、やはり数年前、六会を歩いていて、畑の横の道端に1本だけ、40cmほどの花穂を出し、
多数の小さな釣鐘状の紫花をつけた、高山のお花畑で見るようなツリガネソウを見つけました。
あたりの地面は丸い小さな葉で一面に覆われていました。
季節は秋なかばでした。3年前、もう一度そこを訪ねてみると、数本の穂が出て花を咲かせていました。
ちょうど、前の家から女の人が出て来たので、声をかけ、「この花の名前は何ですか」と聞いたところ、
「名前はわかりませんが、6月にはもっとたくさんの花がいっせい咲き出して、丈も高くなり、
切花になります。
丈夫なものですから、わけてあげましょう。」というなり、家からビニル袋と移植ごてを持ってきて、
太い根のついた苗を掘り取ってくださいました。家へ帰って、2本を鉢植えにし、あと1本ずつ、
家の北側と南側のそれぞれ日のあたる場所を選んで植えました。
すると、昨年になって、鉢植えのものの1本が6月に穂を出して、
かわいいつりがね状の花をつけました。
さっそく図鑑をめくって見ると、
トウシャジンというのに似ていましたが、
葉の形は高山植物のヒメシャジンと同じくとんがり帽子のような三角形で葉柄はありません。
牧野図鑑では中国原産とありましたが、
日本植物誌には東北地方に自生があるとの説が記載されています。
特に葉の細いのを陸奥に産するナガバノニンジンという変種として紹介しているものが、
この植物にあてはまるようです。
また、横走地下茎から出る根生葉は、長い葉柄で地面から数cmの高さに展開する径1〜2cmの円腎形
(フキの葉を小さくしたような)のため、「丸葉野人参」の名があるのでしょう。
したがって、マルバノニンジンという名からは、開花中の姿を想像するのは困難です。
むしろ、高山植物のヒメシャジンやイワシャジンに似ているので、
トウシャジンの方が実物を想像しやすいように思えます。
そしてこれこそカンパニュラの名にふさわしいツリガネソウだと、そのとき思ったものです。
ちなみに、ツリガネニンジンは別名ツリガネソウともいいます。いずれにしろ、
古い図鑑にも載っているマルバノニンジンを私がこれまで見ていなかったのが不思議なくらいで、
植物愛好者として恥ずかしい思いです。
アデノフォラの仲間で、一番身近にあるのはツリガネニンジンですが、
こちらは葉を輪生(1つの節から3〜5枚の葉を生じる)することと、
花のつき方も何段かの段咲きになるのがちがいます。
このツリガネニンジンも今では市街地から離れた、
家もほとんどないようなところまで行かないと見られなくなりました。
山に行けば、登山道のかたわらに咲くソバナという、
草全体が細身で花も細くまばらにつける仲間があり、
高山には草丈の低いヒメシャジンやイワシャジンが見られます。
もう一方のツリガネソウのホタルブクロですが、近頃藤沢では見られるところは少なくなりました。
それでも他の野草類がさっさと姿を消す中では、
よくところどころに踏みとどまっているように見えます。
花の色は、藤沢ではうすい藤色がかるものが主で、これは東京近郊や房総と同じですが、
江ノ島に行くと白花で、これは伊豆半島や三浦半島と同じです。
伊豆七島には、白花のシマホタルブクロという別の種類があるということで、
江ノ島のはこれかもしれません。
特別濃い青紫色のものが近頃園芸店の山草コーナーで見られますが、
おととしの夏季活動で泊まった茶臼山ロッジ近くの自動車道の土手で見つけたときは、
原産地発見の喜びを味わいました。
去年、私の家の近くで、マルバノニンジンを多数植えているところを見つけました。
6月中旬、一斉に高さ60〜70cmの茎を数十本出し、
径1.5cmほどのつりがね状の青紫花を二十輪ほど穂状につけます。
一週間ほどで花は終わりましたが、半月ほどたった7月上旬、ふたたびやや低い花穂をさらに多数出し、
いっそうきれいに咲きそろいました。
この花が終わったところで下葉を残して花穂を刈り取れば、10月にもう一度、
少しの花穂を出すことが期待されます。
野草で、初夏と秋の2度、花を咲かせる性質は、庭に植えて楽しむ側にとっては大変貴重なものです。
桜のような木の花では、「返り咲き」といって年によって11月ごろ花が咲くことがあります。
春のようにハデには咲きませんが、昔の人がこんな風景を愛したことは、
「冬景色」という小学唱歌にも入っています。
一般に秋の花と思われているキキョウの本来の花期はユリと同じく6月ですが、この花の時期に、
下葉を残して花のついた茎の上半部を刈り取ることにより、
10月ごろふたたび花を咲かせることができます。
マルバノニンジンやツリガネニンジンもキキョウと同じ開花習性を持っているので秋にも咲きます。
ユリの開花は年一度きりですが、
前に書いたことのあるヘメロカリス(ニッコウキスゲやハマカンゾウの仲間)
の園芸種の中には二度咲きがあり、植物の中には、
こうした性質を潜在的に持っているものもあるということがわかります。
改良された園芸植物では、バラとダリヤが初夏と秋に見事な花を見せてくれます。
マルバノニンジンの属するアデノフォラ属には、
ヒメシャジンなど丈夫で栽培しやすい高山植物があります。
中でもツリガネニンジンは、高山にも生え、変種で、
完全に高山植物になりきったハクサンシャジンというのもあります。
ヒメシャジンとその変種のミヤマシャジンは、
いずれもマルバノニンジンとよく似ている同属の仲間です。
このように、近縁の仲間が高山と平地の草原に「住み分け(生活する場所を分け合っていること)」
ている例は生物の世界ではよく見られますが、ツリガネニンジンのように同じ種でも低地から高山まで、
幅広く生育するものもあります。
半世紀前までの日本の原風景を想像してみると、田畑(農耕地)や里山(二次林)、
植林地の周辺には、いたるところに二次草原(年に1〜数回、
一定の時期に刈り取られることにより成立する多年草植物群落)が存在しました。
そして、この二次草原が豊富な野草の宝庫であったのです。
これは、「高山草原」と平地の「二次草原」とが、植物にとっては、
生態的に類似性のある環境になっていることを示しています。
藤沢でも、30〜40年前には、ツリガネニンジンばかりでなく、多くの野草に満ちあふれていました。
これらの野草は、低山帯(標高600〜1200m)から亜高山帯(1200〜1800m)
の疎林(明るい林)や草原を本来の棲家(すみか)とする多年草が、低地の、
人間のつくった環境(里山や路傍、土手などの野面)に進出して人と共生して来たものです。
現在、外来種の多年草が、住宅地周辺に旺盛に生育し、ときには庭を占領する中で、
マルバノニンジンはじめ観賞価値の高い野草の生き残りを、
なんとかはかれないものかと思いをめぐらせます。
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