このレポートは、かたつむりNo.301[2007(平成19)6.17(Sun.)]に掲載されました

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海岸断崖植物ラセイタソウ
運営委員 鈴 木 照 治
 
ラセイタソウ
■ラセイタソウ
ラセイタソウ群落、引地川北高裏
■ラセイタソウ群落、引地川北高裏
ヤブマオ秋
■ヤブマオ秋
ヤブマオ初夏、新林公園
■ヤブマオ初夏、新林公園
カラムシ、新林公園
■カラムシ、新林公園
 ラセイタソウという変わった名前の植物について私が初めて教えられたのは、高校時代、 鎌倉建長寺境内の南に面した崖であったように覚えています。 「ラセイタ」とはポルトガル語で羅紗(ラシャ)という厚手の毛織物の布のことで(牧野植物図鑑)、 厚手の葉は見た目は羅紗布のようですが、手でさわってみると、 かたくザラザラしてまるでちがった感じです。 ラセイタソウの特徴である厚くてかたい葉は、 潮を含んだ強風にさらされる海岸のさえぎるもののない断崖に適応したことを示しています。 江の島では、岩場によく見られます。
 ラセイタソウはイラクサ科に属します。この科の植物の多くは草本で、 生長の速い好窒素植物、林縁植物など、 生態系の中ではきわめて特徴のある生態的特性を持つグループです。 たとえば山を切り開いて小規模な造成が行われた土地などによく生えてくる雑草のような植物です。 ラセイタソウに近縁のヤブマオ類の植物は、 森林が沢や渓谷により断ち切られた林縁に群生する傾向があります。 明るい林縁にはしばしばカラムシ(苧麻・チョマ)が群生し、 古代人の着用した衣類もこのカラムシ起源の「麻」といわれます。 ラセイタソウはこれら近縁種から分かれて、臨海部の崖上の生活に適応した海岸植物です。
 ラセイタソウの学名は Boehmeria biroba Wedd. で、 種名 biroba は葉の先端が2分岐することに由来します。 定番の木の葉の形に比べ、異常ではないかと疑われるような、 葉先にとがりを2つもつ特有の葉をつけます。 しかしこの奇妙な葉は、茎の先端に近い成熟葉にしか表れません。 春、新生した若い茎の葉は、すべてごく普通のサクラやアジサイに似た木の葉の形をしています。 初夏を過ぎて十分に充実した株の先端にようやく特有の双頭の葉を一つずつ付けるのが定番という、 考えてみれば奇妙な植物です。同属で近縁のヤブマオが、日当たりよりもむしろ日陰に生えるのに、 本種は、陽光のふりそそぐ海岸断崖を生活の本拠にしているのですが、ある程度の日陰にも耐え、 直射日光の当たらない崖にも生育するのが見られます。また、海から相当離れたところでも、 他の植物の生育できない日のあたる断崖には生えることがあります。建長寺裏山の崖もその例です。 特に近年、都市化の進展とともに河川改修が進み、 川の両岸が石垣やコンクリートの擁壁(ようへき)で固められると、 そのわずかの隙間に芽生えて根を下ろし、群落をつくるところがかなりみられます。 いずれも海岸から数kmぐらいは離れていますが元気に育っているようです。 なお、近海部には、ヤブマオに近い性質を示すウスバラセイタソウという、 南関東沿岸部固有種があるとされますが、 これがそれだと自信を持っていえるものには出会いませんでした。
 さて、私たちがふだん目にする植物は、いずれも都市、 住宅地の環境に耐えうるものに限られています。 そのような私たちの身のまわりの自然では、植生が破壊されたあとの土地では、 外来の帰化植物を主体とする群落が成立するのが普通ですが、
カラムシ群落
■カラムシ群落
日本固有の自然の占める山間部では、帰化植物はほとんど進出せず、植生が多少ほころびても、 その土地の在来種がその傷を埋めます。イラクサ科の植物の多くは、林縁植物として、 渓流沿いや、崩壊地のふちなどで、絶えず上から養分が補給されるような場所を生活の拠点として、 昔から日本の自然を構成し、破壊された植生の傷口をふさぐ役割を果たしてきたのです。




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