このレポートは、かたつむりNo.302[2007(平成19)7.1(Sun.)]に掲載されました

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幻のウスバラセイタソウ
運営委員 鈴 木 照 治
 
江の島海岸断崖のラセイタソウ
1.江の島海岸断崖のラセイタソウ
引地川護岸のラセイタソウ
2.引地川護岸のラセイタソウ
一色川のラセイタソウ
3.一色川のラセイタソウ
ヤブマオ
4.ヤブマオ
カラムシ
5.カラムシ
イラクサ
6.イラクサ
江の島のウスバラセイタソウ
7.江の島のウスバラセイタソウ
 6月は江の島海岸の岩場に生えるラセイタソウについて書きましたが、 そこでふれた希少植物のウスバラセイタソウについては実物を見ていないので書けませんでした。 その後わかったことについてここでお話します。
 前の原稿を書き上げたところで考えてみました。 文献では、関東南部に自生するはずのウスバラセイタソウは、今頃どこに行けば見られるのだろうかと。 まず、ラセイタソウとヤブマオが接近して自生するとしたら、それはどんなところだろうか、1つは、 海に近い川の堤防に沿って、生えているラセイタソウを、上流まで追いかけてみること、もう一つは、 建長寺裏山のように、海から離れた断崖(数千年前の縄文海進期には実際に海岸のガケであった)で、 ラセイタソウの自生地をさがし、 その周囲の薮(ヤブ)をさがしてヤブマオが生えているところを見つけることです。 そんなめんどうなことをしなくても、 江の島ではラセイタソウとヤブマオが接近して生えているじゃないか (児玉神社の東のガケと西の斜面)といわれても、 なぜかそこにはまったく見当たりません(理由はあとで)*。 最近、やっとその1つを調べる機会がありました。 先月、見つけておいた引地川石川地区の護岸(海から約7km上流)のラセイタソウ自生地に行きました。 数十m続く群落の最上流部から10mくらい離れた1株の写真を撮り、 家でパソコンに拡大画像を出して調べて見ると、 海岸の典型的なラセイタソウに比べて明らかにヤブマオの葉に近い性質を示しているではありませんか、 これに力を得て、さらに上流部をさがしましたが、 もはやラセイタソウもヤブマオも見つかりませんでした (ヤブマオが日のあたるガケに生えることはありません)。 そこで、その場所の近くに合流する一色川をさかのぼることにしました。 一色川は、引地川の支流で、菖蒲沢(藤沢で一番古い記録に出てくる地名)から流れて、 石川の山田橋付近で合流します。その一色川の、和泉橋バス停近くは、 両岸がコンクリートブロックを高く積み上げたせまい峡谷のようになっていて、 両岸の高い所は道路なので、ちょうど人工の峡谷を上から観察できる場所になっています。 はじめに右岸をさかのぼり、ラセイタソウが生えているのを見つけました。 そこで、和泉橋を渡って、こんどは左岸を下流へたどると、 目の下のラセイタソウ群落にまじって枯れた前年の茎に、 この属特有の飾りのついたヒモのような花序の名残りがぶらさがっているのが目にとまりました。 それはラセイタソウらしくない形でした。ラセイタソウなら、もっと節間が短く全体が短小で、 6月になれば若い茎葉が伸びて、古い枯れた茎は隠されてしまって見えないはずです。 そこで、その周辺を見回すと、 カラムシのようだが葉は対生のムシのようだが葉は対生の植物が生えていました(カラムシは互生)。 それはヤブマオ(葉は円形で、ふちのギザギザは粗く、5〜7mm)とはちがい、葉は長円形、 葉先は尾状にとがり、ふちのギザギザはラセイタソウのようにこまかく、 草全体はカラムシのように見えます。 この植物はとても私の想像していたウスバラセイタソウとは思えません。 ラセイタソウとは全く似ていないからです。そして、ヤブマオにも似ていないのです。 どう見てもカラムシです。しかし、カラムシともちがって葉が対生で、葉の裏が真っ白ではないのです。 さらに、その周囲を調べると、ありました。ヤブマオに似た葉で、 ラセイタソウのようにこまかい縮み模様の葉の植物です。 しかし、これは、どう見てもラセイタソウに見えます。 そこで、ほんとうのラセイタソウと並べてみたくなりました。 6月の活動で江の島に行ったとき、正真正銘のラセイタソウの写真を撮り、それと並べてみると、 なるほどこれはヤブマオの血が混じっているなと思わせるものがありました。 そして、これならウスバラセイタソウと呼んでもいいのではないかと思ったものです。 一色川のこの場所では前述のカラムシに似たものなど、株により様々のタイプがあるように思われます。 文献に出てくるウスバラセイタソウは、このうちのどれかに相当するのではないかと期待しています (あとは、この属の専門家に鑑定を依頼するしかありません)。


 注)* 江の島では、潮風のあたるガケにラセイタソウ、半日陰の薮にヤブマオが生活しているので、 接触する機会がなく、仮に、接触する機会があって、雑種ができたとしても、その個体の素質が、 潮風の当たるガケでは、ラセイタソウに及ばず、半日陰の薮ではヤブマオに及ばないので、 生き残る確率は極めて低くなります。ちなみに、この属の仲間は風媒花で、 群生することにより受粉率が高まる状況にあります。


《あとがき》
 種類の異なる生物の間には、雑種ができないのが通例ですが、近縁の種類の間では、 ごく稀に雑種ができることがあります。 動物より、植物のほうが雑種ができやすく、ウスバラセイタソウもその一例です。 一般に雑種の生物が生き残るためには、かなりきびしい環境条件が待ちうけています。 その上、子孫ができにくく、できても性質がバラバラになるので、 ますます生き残りがむずかしいのです。 最近、江の島でヤブマオに似たラセイタソウを発見しました。1本立ちの小株で、日陰のガケでした。 うまく育つのでしょうか、江の島にもウスバラセイタソウがあるといえるのでしょうか。




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