このレポートは、かたつむりNo.303[2007(平成19)9.9]に掲載されました[2008/12/20改訂]

戻る

伝説となった湘南海岸のユキヨモギ
運営委員 鈴 木 照 治
 
かつて、湘南地方の海岸には、ユキヨモギという地域特産の植物が自生していました。 日本中どこにでもあるヨモギ(カズザキヨモギ)と草姿は全く同じですが、 7〜80cmに伸長し、 開花期になっても葉の表に蜘蛛毛*が顕著で全身薄雪をかぶったように見えるので 「雪蓬(ユキヨモギ)」と名付けられたわけです (普通のヨモギは大きくなると葉の表側の毛は目立たず深緑色です)。
白いヨモギ全形
白いヨモギ全形
白いヨモギ拡大
白いヨモギ拡大
アサギリソウ全形
アサギリソウ全形
アサギリソウ拡大
アサギリソウ拡大
ヨモギ全形
ヨモギ全形
ヨモギ拡大
ヨモギ拡大
黄金アサギリソウ全形
黄金アサギリソウ全形
黄金アサギリソウ拡大
黄金アサギリソウ拡大
砂浜の一年生雑草
砂浜の一年生雑草
ヨモギよりやや大きく、やや少数の白い小さな頭花が茎頭に穂状につきます。 ユキヨモギの発見された当初はヨモギの変種とも見られましたが、 系統的にはシロヨモギ(アツバヨモギ)にむしろ近縁とされ、 現在は独立した別種と認められています。
 ユキヨモギは鎌倉の由比ヶ浜がtype locality(「原本採集地」、基準となる自生地、 原産地とでも訳すのでしょうか)です。 鎌倉で子どもの頃をすごした私は、大学で植物を勉強しはじめたころ、 由比ヶ浜原産のユキヨモギに惹かれて、鎌倉海岸を探し歩いたこともありました。 すると、砂浜の一角にそれらしい葉表が白みを帯びたヨモギが あちこちに生えているではありませんか。 なるほどこれがユキヨモギかとうれしくなりましたが、残念ながらまだ生育の途中で、 花を付けていません。 植物の分類に使われる標本は花もしくは実を付けていないと完全なものとはされません。 確かめないまま今日に至りました。
 さて、ユキヨモギの自生地は海岸の砂浜ですから、 当然のことながら海岸砂丘植物群落の構成種であると考えられます。 ただ、コウボウムギやハマヒルガオが群落をつくる典型的な砂丘が生活の拠点とは思われません。 どちらかというと砂丘と他の環境との接点のようなところに生育するもののようです。 具体的には、砂丘後背地の低木を含む風衝草原が撹乱され、 無植生化した後の先駆植生と考えられます。 あるいは海岸砂丘と河口、 海岸断崖などとの境界領域で複数の厳しい環境要素が複合するような立地が ユキヨモギ本来の適合地ではないかと思われます。 現在の藤沢では自然状態の海岸はきわめて少なく、 わずかに江の島の海岸断崖を残すのみとなりました。 境川河口部の砂州にはヒメシバやエノコログサのような短い生育期の夏草が空白地を埋めています。 ユキヨモギの生活できる場所はすっかり奪われてしまったのでしょうか。 昔、大群落をつくっていたが、 今姿を消したハマボウフウもユキヨモギと同じ運命をたどったものと思われます。 もともとユキヨモギはきわめて丈夫な植物ですから、植栽すれば、群落の復元は可能です。 その場合、維持管理の仕方を研究する必要があるでしょう。
 今でも鎌倉の海岸にはそれらしい葉表の白いヨモギが見られます。 しかし、関東以北の海岸には前述のシロヨモギも分布の可能性がありますので、 専門家に鑑定してもらう必要があります。 それに、これは私の勝手な思い込みかも知れませんが、ヨモギの中には大きくなっても、 葉の表側に白い蜘蛛毛*がいちじるしく生える個体もあるようですから、 花をつけた個体を採集して標本を専門家に見てもらわないとなんともいえません。 先日、県立博物館を中心に行われた県の植物分布調査 (レッドデータブック登録基本調査)には専門家が参加しましたが、 それによると現在ユキヨモギは三浦半島の先端部にしか残っていないことになっています。 昔は鎌倉はもとより、江の島や片瀬、鵠沼の海岸にもたくさんあったと思われます。 由比ヶ浜原産のユキヨモギと聞くだけでもロマンチックなこの植物の復活を願ってやみません。
 余談になりますが、江の島を歩くと民家の鉢植えにアサギリソウが見られます。 アサギリソウはユキヨモギと同じヨモギ属で、北方系の海岸植物です。 草全体が白い絹毛でおおわれ、糸状の葉を密生するので、 ガーデニングの材料としても珍重される植材ですが、 暖地の庭では夏の暑さがネックと思われます。 しかし、江の島のような海岸で、暑い夏も平気で生きる様を見ると、 不思議な感慨を覚えます。 また、ハマヨモギという草全体が白い別種があります。 砂浜のほか、内陸でも砂がちの荒地に生えます。 何年か前、少年団活動で行った横浜自然観察の森の中の広場で見たことがあります。 全体が小さく、深く切れ込んだ葉が細いのでユキヨモギとは全然違いますが、 アサギリソウとも違います。 今年、山梨の甲斐善光寺で、鉢栽培の「黄金朝霧草」というのを見たので、 写真に撮りました。ハマヨモギそっくりでした。** ハマヨモギは、ユーラシア大陸全体に分布するということで、 鉢植えにもなるかわいい植物です。 ずっと以前、松本先生が、 鵠沼か辻堂の海岸で見たことがあるというのを聞いたことがあります。
 科学少年団の活動では、近頃江の島探検が定番になりつつあります。 2006年6月活動の下見(本番は雨で水族館)の際、聖天島公園の裏手の一角に、 白いヨモギの群落を見つけ、ユキヨモギでは、と胸をおどらせて写真に撮りました。 秋に行ってぜひ花穂を調べたいと思っていましたがその機会がないまま、 今年、6月活動の下見でその場所に行ってがっかりしました。 その空き地はすっかり除草されたらしく、白いヨモギは影も形もなくなり、 短い夏の雑草が生えるばかりでした。 何しろ公園ですから雑草があまりはびこっては具合がわるいのでしょう。 ヨモギの群落は、河原の荒地にできやすく、 人間の造った空き地にも旺盛に生育するのだと考えられます。 ユキヨモギもヨモギと同じ生活型で、 近海の川辺や海岸草原をすみかにしていたものと推定されますから、 このことを念頭において、相模湾沿いに自然の残る場所を綿密に探していけば、 まだ生き残っているものがあるかもしれません。 三浦半島の海岸には、もっと可能性があるでしょう。

* 蜘蛛毛 (くもげ=クモが通る道にはりめぐらすような植物体の表面にはりつくように生える毛)
**横浜自然観察の森撮ったハマヨモギの写真が、どうしても見つからないため、 葉の色が少しちがうような気がしますが、 形はそっくりな「黄金朝霧草(甲斐善光寺)」の写真をのせました。

1.アサギリソウ、全形(江の島)
2.アサギリソウ、拡大(江の島)
3.白いヨモギ、全形(江の島)
4.白いヨモギ、拡大(江の島)
5.ヨモギ、全形(藤沢)
6.ヨモギ、拡大(藤沢)
7.黄金朝霧草、全形(甲斐善光寺)
8.黄金朝霧草、拡大(甲斐善光寺)
9.砂浜の一年生雑草、(江の島)

ヨモギ Artemisia princeps PARMAN.
ユキヨモギ A.momiyamae KITAM.
シロヨモギ A.stelleriana BESS.
ハマヨモギ A.scoparia WARDSTEIN et KITAIBEL.
アサギリソウ A.schmittiana MAXIM.




戻る