エノシマイチゴ(トゲナシカジイチゴ) | ||||||||||||
運営委員 鈴 木 照 治 | ||||||||||||
半世紀近くも昔の学生時代に、「江の島に行けばトゲナシカジイチゴが見られるよ」と聞かされ、
実物を見ないまま、話だけを信じていました。
十数年前、市の依頼で江の島の植物調査をした際、児玉神社の境内でこのトゲナシカジイチゴの自生を確認することができ、
何となく安心したような気持ちになったのを覚えています。 それというのもこのトゲナシカジイチゴは別名「エノシマイチゴ」といって、 江の島をタイプロカリティ(type locality 基準標本採取地)とする自然雑種と見られる珍品だからです。 自然状態での種間雑種というのは、なかなか生じにくいものですが、カジイチゴとモミジイチゴの間には多数の間種が報告されています。
Rubusenosimanus KOIDS. と記載される江の島の該当植物については、原論文を読んでいないので推論するだけですが、 これらの間種群は互いに独立して成立したものと考えられますから、それぞれ微妙に違うのではないかと思われます。 かねてから「トゲナシカジイチゴ」という名前に首をひねるのは、カジイチゴ自体がもともとトゲナシなのに、 わざわざ「トゲナシカジイチゴ」と名乗るのはおかしく思われるからです。 でも、このエノシマイチゴは「トゲナシイチゴ(これもカジイチゴとモミジイチゴの間種)」 とは別の地域で成立した(別系統の)植物なのですよ、と私たちに告げるために、 あえてこのように命名されたものと納得した次第です。 さてこのエノシマイチゴですが、私は花が咲いているのを見たことがありません。 カジイチゴ自体が条件が良くないところでは花を付けない傾向があるので、ヤマユリやノカンゾウ、 ハマカンゾウと同様、裸地から自然林に至る遷移途上のあらゆる立地に生育できる、 適応力の高い種であるのに(いいかえると、いたるところの茂みに見られるのに)、 花を付けるのはその中のごく一部のものだけという生活様式を持つものと思われます。 タケやササのように生物時計的に花を開くものもありますが、エノシマイチゴも、 昔から知られざるキチジョウソウ(稀にしか花を付けず、花が咲くとよいことがあるとされる吉祥草)のように、 数年〜十数年に一度だけ、好条件が訪れた際に、開花するものと想像されます。 この地域では、数年から十数年の間隔で訪れる台風とは反対に、開花を楽しみにして待つことにしましょう。 エノシマイチゴは江の島の緑被用植物として極めて有効であろうと思われます。 その理由をいくつか挙げますと、まず生長が早く、条件がよければたちまち繁り、その大きさが緑被材料として打ってつけであること、 江の島をめぐる崩壊地のうち、中小規模の立地には、高さがモミジイチゴとほぼ同じで、 崩壊地を得意の住処とするカジイチゴの特性を持つエノシマイチゴが最適であるということはいうまでもありません。 もっと規模の大きい崩壊地にはエノシマキブシ、小さいところはイソギクが適します。 やや安定した岩がちの急斜面ならガクアジサイやその仲間が適します。また、いずれも挿し木で増やせることも、利用するには便利です。 日のよく当たるところも、多少日陰でもよく育ちます。他の自然植生構成種との相性も良く、雑草を抑え、崩壊地の安定に役立ち、 自然植生への移行を助けます。 それに、なによりも江の島の緑化に江の島の名を冠した植物を使うというのは、宣伝効果満点ではありませんか。
(2004.6.10 市内の地域団体で講演した原稿から抜粋) <<後日談>>今年の6月活動で江の島を巡りました。児玉神社の狛犬を見に行ったとき、 ちょうど玉垣のあたりをそうじしている人がいたので「以前、このあたりにあったエノシマイチゴというのを知りませんか」 と聞いてみましたが、そういう植物があることもしらないようでした。 玉垣の外には、よく似たヤマグワがまばらに生えているだけでエノシマイチゴが見つかりませんでした。 |