−ツワブキ− | ||||||||||||||||||||||
運営委員 鈴 木 照 治 | ||||||||||||||||||||||
自然状態で、ツワブキがもっとも適合した環境は、海岸断崖上縁の林縁で、 暖帯常緑樹林の典型的な「ソデ群落」の主要構成種です。 江の島におけるツワブキの自生地は、島の周囲をとりまく断崖の上端の林縁で、多数群生しています。 秋に、山二つの石段から切り立った崖を望むと、イソギクとともにガケ一面に点在するツワブキの黄花が見られます。 三浦半島など岩がちの海岸で、ツワブキの多いところでは、フキのかわりにツワブキを食材として利用することが行われ、 とくにキャラブキにすると、太くて中に空洞がなく、味も上々で、よいものができます。 また、昔は民間療法で、はれものに、ツワブキの葉を火にあぶってやわらかくしたものを重ねて貼り、 ウミの排出をうながすことが行われました(ユキノシタの葉も同様に使われた)。 ツワブキの花期はキクと同じく10月下旬〜11月中旬ですが、以前、能登半島の先、和倉で、 12月中旬に一斉に花盛りとなったツワブキの群落を見ました。 また、山口県の古い寺をめぐった際、そのどこでも、藤沢よりも1ヶ月近くも遅い花盛りのツワブキを見かけて、 なるほど、西日本のツワブキは遅咲きなのだと思い込んでいました。 さらに、昔の図鑑には九州から南西諸島にかけてカンツワブキというものがあり、 晩秋から初冬にかけて花が咲くとあったことと、名前からして、ツワブキより遅く咲くとの思い込みから、 考え合わせての勝手な解釈をしていたわけです。 カンツワブキというと、寒咲きを連想するのですが、植物誌を見ると実際の花期は10〜12月で、 ツワブキと同じと書いてあります。そうとは知らない私は、名前からして、ツワブキより遅く咲くと思っていました。 ところが、鎌倉の寺めぐりをするうち、自然のものが花期を過ぎた12月頃、見事に咲いているツワブキが、 あちこちに見られることから、そう単純に考えてはいけないと気づきました。 さらに、秋の訪れとともに、いち早くつぼみを出すツワブキのことを書いた文章にも接して、 もっとしっかり観察しなければ、いつまでもいいかげんな認識にとどまるばかりだと思いました。 最近、イソギクとともに、ツワブキも夜間照明の影響でつぼみの出るのが遅れるのではないかと思うようになりましたが、 確信にはいたりません。 余談になりますが、西のものほど花期が遅いという現象が、カンゾウ(ヘメロカリス) 属で見られることを以前お話しましたが、これももちろん、単純ではありません。 最近、美濃太田(岐阜県)の日本に2軒しか残っていないという本陣屋敷を見学した際、 そこの主人が趣味で植えているハナショウブが西国(柳井)からとりよせたもので、 花の咲く時期が東国系より半月遅い(7/1開花)というのを見せてもらいました。 こうして、私としては、西へ行くほど花期が遅いという仮説は、捨てきれずにいるわけです。 ツワブキは球根です、というと、だれしも「えっ」と驚くでしょう。一般に、球根の多くは、一年のうち、 ある一定期間訪れる悪環境(寒さや乾燥など)を休眠状態でやり過ごす生活形をもつ植物ですが、 ツワブキのように常緑性の草本で貯蔵根(ツワブキの場合は肥大茎=球根)をもつものは、 それとはやや異なり、水分の供給が不安定な土地で、雨が上がるとすぐに土中の水分が失われ、 しばしば乾燥にさらされるような立地に適応した生活形と推定されます。 つまり、不定期にやってくる乾燥状態をうまく乗り切るため、根茎を肥大させているわけです。 これと同様の生活形を持つものを探すと、ヤブラン、ジャノヒゲ、ノカンゾウ、オモト、エビネなど、 紡錘形に肥大した根や、横走地下茎を持つものをあげることができます。 温帯に生育する常緑性多年草は、サクセッション(遷移)系列の最も後の段階に出現し、 極相林の構成種ともなり得る種類です。そして、林内、林縁、草地のいずれに生活するとしても、 不定期に訪れる感想をのり切る性能は、その種の生き残りには重要なファクターとなります。 自然はこのような植物にも、それに見合った生活の場を提供していることに気づきます。 ツワブキの小さな芽生えは、親株の周りには、全くといっていいほど見当たりません。 これに関して、かねてから疑問に思っていることがあります。 それは、タンポポのように風に飛ばされた種から芽生えたばかりの小さなツワブキになかなか出会えないことです。 親株の周りをいくら探し回っても、芽生えはけっして見つかりません。 これは、以前お話した松林の中に松の芽生えがないのと同じです。 親株のあるところは、多くは日陰で、朝、もしくは夕方の、地面すれすれに斜めにさし込む直射日光が、 短時間当たるようなところがほとんどです。三浦の山を歩いていたあるとき、真昼の日のさし込む尾根で、 1円玉くらいのかわいい葉をつけたツワブキの子どもを見つけることができました。 近くにはいくつも同じくらいの子苗を見つけることができました。 「ああ、こうやってツワブキは親植物からはるかはなれたところに子孫を増やしているのだ」と思ったものです。 ツワブキの生命力の強さについて聞いた話ですが、造成した土地に家を構えたある人が、 庭の中央からツワブキが芽生え、たちまち大株に成長して、花を咲かせたというのです。 そこは以前、古い家があったところで、そこに生えていたツワブキが造成によって、分断され、 寸断された球根の断片から再生したと考えられます。 この場合、種に比べて数千倍の植物体からのスタートですから親株にまで成長するのには、 種よりはるかに短期間でよいことになります。 半世紀以上も昔の、旧制中等学校で使われた教科書では、植物の栄養繁殖のことがかなり詳しく載っていて、 タンポポの根を掘り取って、うすく輪切りにして砂にさし、水を与えて養うと、やがて、 芽が出て一つの個体に育つというのです。このとき、切片の向きを90度(横倒し)にしても、 180度(上下を反対)にしても、いずれも再生すると言うことが書いてありました。 ツワブキの球根も、タンポポと同様、土地をブルドーザーでかきまわして造成し、 切れ端がどんな位置にうずまっても、しぶとく再生することができるのだと思います。 秋も深まった頃、寺院の庭を見る機会がもしあったら、そこのツワブキがどんな花を咲かせているか、 ぜひ確かめてみてください。
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