このレポートは、かたつむりNo.312[2008(平成20)04.20]に掲載されました

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江の島のキケマン
運営委員 鈴 木 照 治
 
美しい野草ムラサキケマン
■美しい野草ムラサキケマン
 
ムラサキケマンの花
■ムラサキケマンの花
 
江の島のキケマン
■江の島のキケマン
 
キケマンの花(左下)
■キケマンの花(左下)
 
キケマンの刮ハ
■キケマンの刮ハ
 
 相変わらずの前置きになりますが、昔はよく見られた野草が、今では身近な存在ではなくなり、 目当ての野草を見るためには、日帰り旅行までしなければならなくなりました。 その中で、今でも容易に見られる野草に、ムラサキケマンがあります。 半世紀前の日本では、舗装された道は少なく、車も少なく、普段通る道のほとんどは舗装されていませんでした。 家の前の道は、毎日ごみや落ち葉をホウキではいてきれいにし、雑草の生えるのを防いでいました。 落ち葉とともに、くぼ地にはき寄せられた少量の土は、腐葉など有機質を含む割合が多く、そうした土のたまる日陰で、 水分の保有される場所には、きまったようにムラサキケマンの群落ができていました。 もともと、土に水分、養分の多い林縁に適応した植物だったので、人里近くに生活の場を得ていたのだと推定できます。
 ムラサキケマン(学名Corydalis incise Pers.)の属するキケマン属には、昔の雑木林でおなじみのジロボウエンゴサクがあります。 (高山植物のコマクサは近縁の属で、葉の形がよく似ています)。
 アネモネとトリカブトが同じキツネノボタン科であることは葉の形からなるほどと思われますが、 キケマンがカリフォルニアポピー(花菱草)と同じケシ科に属するのも、葉の形がそっくりで納得できます。 キケマンは、ムラサキケマンと属も同じで、生態もよく似た林縁植物で、不定時の水流や崩壊などによる植生の破壊や擾乱 (ジョウラン=かき乱されること)で生じた林縁を生活の本拠としています。 近縁のヤマキケマンが、山地の崩壊地に生じるのに対して、キケマンは近海の、時には乾燥する崩壊地の縁などに生えます。 50年以上前(1950年代)、江の島金亀楼下の崖にかなりの群落があり、初夏の花の盛りは見事なものでした。 その後、1980年頃までは、数株あるのを見ましたが、しだいに雑草や低木が茂って、見られなくなりました。 最近、斜面の整備が進み、ふたたび日が当たるようになって、今年はところどころに目立たないくらいの株を見つけることができます。 また、5・6年前、西浦の墓地のガケに群落が見つかり、キケマンが、まだ江の島に健在であることがわかりました。 キケマンを簡単に見ることができる場所は、今のところ江の島ぐらいです (江の島以外で、私が見たのは、三浦半島の先端に近い小松が池だけです)。
 江の島のキケマンを見て気がついたことは、花後にできる果実 (=サクという莢=サヤ)の形が数珠 (ジュズ)状に近い形をしていることです。 日本植物誌によるとキケマンの凾ヘ狭被針形であるのに対しツクシキケマンの凾ヘ数珠状であると記されています。 これを確かめるためには、5月中下旬に行って、果実()の形を見なければなりません。 今の牧野原色植物大図鑑を見ると、ツクシキケマンの記載はなく、キケマンだけになっています。
キケマン Corydalis heterocarpa Sieb.et Zucc. var. japonica Ohwi
ツクシキケマン Corydalis heterocarpa Sieb.et Zucc. (var. heterocarpa )
 ツクシキケマン(牧野新日本植物図鑑ではシマキケマン)はキケマンの基本種で、本州中部以西の海岸近くに分布します。 江の島のキケマンが、このどちらなのかは現物をよく調べなければわかりません。 以前、「かたつむり」で書きましたが、江の島のホタルブクロが、三浦半島や伊豆半島のと同じく白花で、 藤沢市中北部のは、県内各地、丹沢と同じく花が桃色であるのと一脈通じるのかも知れません (片瀬の新林公園には、白花と桃花の両方があります)。 これも、江の島をめぐる植物分布の面白さの一つにあげられます。
小松が池のキケマン
■小松が池のキケマン
キケマン類は、細かい岩レキの多い傾斜崩壊地を好む植物ですから、江の島で向陽の急斜面を緑化する場合、 最近川岸など急傾斜地の造成に用いられるようになった植栽のできる石垣にして、このキケマンや、イソギク、 ハマナデシコ、ハマカンゾウなどを栽植し、花壇同様の美観をもった植生の復元ができればすばらしいと思います。




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