このレポートは、かたつむりNo.338[2010(平成22)3.21]に掲載されました

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あおきおくれみの話
運営委員 鈴 木 照 治
 
これがアオキオクレミ
■これがアオキオクレミ
2月下旬には遅れ実だけが残る
■2月下旬には遅れ実だけが残る
アオキの赤い実(松田山奥)
■アオキの赤い実(松田山奥)
赤い実は鳥に食べられる
■赤い実は鳥に食べられる
 2月の半ばを過ぎた頃、テレビで坂本竜馬が黒船を見ようと「浦賀街道」を急ぐ場面があり、 以前見たような背景が写っていたので、さっそくそこを歩いてみることにしました。 京浜急行六浦駅南口から、長い石段をのぼると六浦台という住宅街に出ます。 その奥、市境(昔の国境)の尾根道がその「浦賀街道」で、自然が残るハイキングコースが鷹取山まで続きます。 途中、シーパラダイスやランドマークタワー、ベイブリッジが一望できます。 道の両側には背丈ほどのアオキの群落が続いている場所があり、毎年2月になると、 つやのある大きめの赤い実がたくさん成るのを記憶していましたから、実を写真に撮ろうと探しましたが、なかなか見つかりません。 見つかるのは半分ほどの大きさで緑色の細くくびれた実ばかりです。これが昔の人のいうアオキオクレミです。 「青木遅れ実」と書きます。寄生蜂の一種が、五、六月頃の若い果実に寄生して育ち、冬を越して翌年の春に成虫が羽化するまで、 鳥に食べられないように、実は緑色で小さく、木について落ちないまま、冬を越し、春まで生きています。 もちろん、栄養のある種子の中央部は食べられていますから、羽化した後は枯れ落ちます。 私の家にもアオキがあって、赤い実がたくさんなりますが、緑色のアオキオクレミは、たまに見つかるだけです。 ところが、この2月に浦賀街道で見たように、大群落のアオキの実のすべてが、この緑色のオクレミであったのは、初めての経験でした。 赤く色づいた実を撮ろうとしていたので、少しがっかりして帰りました。 今考えてみると、2月に入って赤く色づいた実を、いち早く鳥が食べつくしたあとに、私が行っただけのことだったのだとも思われます。 近くにもっとおいしい実があるところなら、赤くなっても、少しの間はそのまま残るはずです。 鳥たちはよく知っていて、おいしいものから先に食べますから、冬の間に、だんだん低いところまで食べていって、 おいしくない実を食べるのは最後になります。2月になれば、ほかの木の実は、ほとんど食べつくされます。 そこで、アオキの実が、2月になるのを待って、それまで緑色であったのが、急に赤く色づけば、鳥はさっそくその実を食べるのでしょう。 アオキの果実は、大きいのですが、果肉は薄く、中身の大部分は硬い種子ですから、とてもおいしいとはいえません。 それに、3月になれば栄養価の高い昆虫が、たくさん出てくるので、2月が鳥に食べてもらう最後のチャンスになるのです。
 私の家のアオキの実も、2月に入ったとたん全部残らず食べられてしまいました。 最近、これまで残っていた山林がなくなって住宅地に変わり、わずかに残った庭木の実を野鳥がねらって食べるためか、 以前のように色づいた実が長い期間庭で楽しめなくなり、網をかけて食べられないようにしたり、 早めに切り枝にして家の中に飾ったりするようになりました。
 2月という絶妙のタイミングで、大きな実を真っ赤に色づけるアオキは、 日本の常緑樹林域の生態系の持つ自然環境を巧妙に読み取った適応(遺伝子構成)を遂げているといえるでしょう。 アオキは西南日本の暖帯林内の低木として広く分布します。学名Aucuba japonica Thunb. の属名アウクーバはアオキの日本名そのもので、 種名はもちろん「日本」ですし、ツンベルグはシーボルトと同時代(18世紀初頭)、日本の植物を研究した著名な分類学者です。 アオキは、これまで、ミズキ科に属していましたが、最近、分類体系が変わってアオキ科となりました。 以前(カタツムリ319号、2008.10.9)、リュウゼツランが、ヒガンバナ科からリュウゼツラン科に変わったと書きましたが、 江の島のサムエル・コッキング苑では、一部の標示がさっそく変えられました。 図鑑など、すぐには変えられませんが、学校や植物園では、ただちに改訂するのが、望ましいのです。 科学の進歩につれて、学説は更新されますが、体系が大幅に変更されるのはめったにないことなので、新しい時代になったことを感じています。
 近ごろ、あまり広くない門口を美化するガーデニングが盛んになりましたが、花が主で、実ものは古い家の千両ぐらいしかありません。 毎年、実ものを成らせるには、難題が二つあります。一つは1本だけでは実が成りにくいこと、 もう一つは花粉を媒介する(花から花へ花粉を運ぶ)昆虫が来てくれるかどうかわからないことです。 アオキはせまくて日の当たらない庭でもよく育ちます。雌雄別株なので、実の成る木(雌木)と花が咲くだけで実の成らない木(雄木)があるので、 実の成る木を一本だけ植えても実がなるとは限りません。昔(17〜8世紀)、イギリスに日本から実のなるアオキが輸入されましたが、実が付かず、 後から雄木を入れてようやく実が付くようになったという話が残っています。アオキ、スギ(スギ科→ヒノキ科)、 クロマツ(学名にツンベルグの名)という藤沢でおなじみの日本固有の植物、どれも話題にことかきません。




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