身近なところで自然の植物を観察するのには、新林公園が最適です。ここで植物観察の案内を何回かくり返してきました。
藤沢の中で、片瀬丘陵(江ノ島と村岡丘陵の一部を含めて)は、市内他地域に比べて、基盤となる地質がかなりちがいます。
三浦層群と呼ばれる第三紀層の柔らかい岩を基盤として、その上を覆う浅い土壌の上に発達する植生は、
関東火山灰層や沖積層あるいは砂丘の上に成立する藤沢の他地区の植生に比べて、群落を構成する植物の顔ぶれ(種構成)が、
微妙に違うことは以前から知られていました。いちばんわかりやすい事例は、片瀬山まで来ればヤマツツジが自生していることでしたが、
近ごろは壊滅状態になってしまいました。今わかるのは、オニシバリ(一名ナツボウズ)という落葉低木が見られるのが、ここから南、
三浦半島にかけての特徴となります。オカトラノオやトリカブトも、ここまで来ると見られます。
つまり、新林公園まで足を運べば、藤沢の他地区では見られない自生植物を観察できるのです。
昨年、今年の野外観察をどこにするかが話題になったとき、しばらくぶりに新林公園ではどうかという話が出たので、去年の6月、
同公園に行って見ました。片瀬山に住んでいる人から、「最近は、キンランやクマガイソウなど、その昔、里山で見られた植物が、再び生えてきた」
と聞いたとおり、花は終わっていましたが、確かめることが出来ました。山の一番奥まったところで、「公園を守る会」の人に出会いました。
しばらくその人について歩くと、背よりも高いマムシグサに出会いました。「これは珍しい、テンナンショウで、ここにはよく生えるのです」
と聞きました。なるほど、ふだんよく見るマムシグサの2倍もある大きさなので、「これがテンナンショウか」と、
そのときは感心してながめたのでした。私がこれまで片瀬山で見たマムシグサの仲間は、ウラシマソウ、マムシグサ、アオマムシグサの3種類なので、
「テンナンショウ」がまさか藤沢に自生するとは思いもよりませんでした。今では、サトイモ科として知られるこの仲間の科名は、昔、
私の学生時代は、テンナンショウ(天南星)科といいました。
また、南西諸島には背よりも高いテンナンショウが生えているという不確かな情報もあって、片瀬山で私が見たのは、
まさにイメージどおりの植物=テンナンショウだったのです。関東の山地に見られるミミガタテンナンショウ(この近くでは大和市内に自生)
はそんなに大きくなりません。今年も行って見て、目の高さより高い仏炎苞(ミズバショウで知られる、この科の植物の特徴を示す花)が見られれば、
「これこそテンナンショウ」と確信できるのです。だが待てよ、四国や九州ならともかく、片瀬にテンナンショウがあるとは聞いたことがない、
調べてみようと、市の総合図書館に行きました。改訂版原色牧野植物図鑑は十数年前の発行ですが、
現役の植物分類学の第一人者である東大の大場教授の編纂です。この図鑑に載っているマムシグサ類のうち、これから話題になるのは、
次の3種です。
- マムシグサ(学名Arisaema serratum (Thnb.) Shott. )(分布は関西、近畿以西、花は早春から春、葉の開く前)
- カントウマムシグサ(学名Arisaema serratum (Thnb.) Shott. )
(日本植物誌ではムラサキマムシグサがこれにあたり、緑色のものをカントウマムシグサとする。花は春から初夏)
- オオマムシグサ(学名Arisaema serratum (Thnb.) Shott. )
(日本植物誌ではArisaema Takedai Makino. 草丈20〜80cm、仏炎苞の前に折れ曲がった部分は大きく垂れ下がる。)
私の手元にある半世紀以上前の日本植物誌を見ると、さらに3種類の記載があります。
- ムラサキマムシグサ(学名Arisaema serratum (Thnb.) Shott. )
(牧野図鑑ではカントウマムシグサに含まれる。私たちがマムシグサといっているもの)
- ミミガタテンナンショウ(学名Arisaema limbatum Nakaiet F.Maekawa.)
(仏炎苞の曲がっている部分が外にめくれている。小葉の数は少なく幅は広い)
- ホソバテンナンショウ(学名Arisaema angustatum Franch. et Savat.. )(大型、大葉、小葉数は多く、幅は細い)
図鑑や植物誌に記載された各種の特徴と、新林公園に自生するそれぞれの現物とを照合すると、ますます混乱の度を深めます。
何度も写真と記載を繰り返し調べて、どうやらわかってきたことは、「狭義のマムシグサ」というのは、新林にはなく、
ここのは――「ムラサキマムシグサ(カントウマムシグサの紫色のもの)」というべきもので、
私たちがふつうアオマムシグサといっている緑色のものは、「カントウマムシグサ」というべきものである――ということでした。
そこで問題なのは、新林公園友の会の人のいう「テンナンショウ」とは何者なのかということです。
大人の目の高さに仏炎苞を構える、背よりも高いマムシグサとは――
- (1) オオマムシグサであれば、仏炎苞の先端のひさしが深く垂れ下がる
- (2) ホソバテンナンショウであれば、葉が大きく、ウラシマソウのように小葉が9〜18個
- (3) カントウマムシグサ(仏炎苞が緑色)であれば、特大に育った珍品
- (4) ムラサキマムシグサ(仏炎苞が紫色)であれば、これまた特大に育った珍品
以上のどれかに当たり、「テンナンショウ」と呼んでもあながちまちがいとはいえません
(Arisaemaという属名はテンナンショウ属なので、この仲間はすべてテンナンショウだからです)。
「四国、九州に自生する狭義のマムシグサは、花時、葉はまだ十分に展開せず、花だけが目立つ」ということで、
早咲きのものはヒガンマムシグサといわれます。
東大の植物園(日光)に行く機会があり、5月27日に見学しました。ここではいろいろな変異が集められ、
すべて「マムシグサ」の立て札がついていました。結局、新林公園に自生するのは、すべて「広義のマムシグサ」であるという結論です。
なーんだつまらないという人もいるかもしれませんが、これは、生物の「種」というものの本質にかかわる現象で、
いろいろに姿を変える生物の種の多様性を私たちに教えてくれます。
もう一度新林公園に行って、現物をより詳細に調べてみる気になりました。6月6日の活動日にはよく観察するつもりです。
(2010.5.31鈴木照治)
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