街中の住宅地に住んでいる私たちが、ふだん目にする植物は、植えられたものか、雑草がほとんどですから、
そのような、ありふれた植物ばかり見ていると、地域による植物の違いは見えてきません。
地域による植物の違いを知らせてくれる珍しい植物に出会うことが、旅行のときの一番の収穫と私は思っています。
この夏の活動で、私にとって、もっとも印象を受けた経験は次の通りです。
2日目は、最初に鳳来寺の駐車場でバスを降り、班ごとに硯工房の見学と頁(けつ)岩拾い、
川に下りての松脂岩採集のあと鳳来寺自然博物館に入りましたが、その入り口の木陰で待つ間、
木陰をつくっている大きな木に、丸い実が房になってついていました。
川地先生に名を聞かれましたが、見たこともないような木で、首をひねるばかりでした。
博物館の展示を見ていると川地先生に出会い、「あれは、ヒトツバタゴというのだそうです」と知らせてくれました。
「まてよ、ヒトツバタゴならどこかで聞いた名前だが……」「”なんじゃもんじゃ”ともいうそうです」、
そこまで聞いてもまだピンときません。自分の頭の中のヒトツバタゴのイメージと、今聞いたヒトツバタゴが全く一致しないのです。
これまで植物名を聞かれて、答えられないことは何度もありますが、このときばかりはとても恥ずかしく思いました。
何しろ、門前の目立つところに植えられた大木ですから、良く知られた木に違いないからです。
館を出てから、もう一度、実のなっているところを写真に撮りました。「あのヒトツバタゴか……」と、
植物名とイメージが頭の中で一致したのは、かなり時間が過ぎたあとで、もう、川地先生とは別の車の中でした。
「あのヒトツバタゴ」とは、藤沢市片瀬の密蔵寺にあり、ゴールデンウィークの頃には、木全体が真っ白い煙のような花で覆われ、
とても美しく、皆さんにはぜひとも見てほしい木です。
「ヒトツバタゴ*」は、よく知られた木です。この木を知らないでは植物の専門家として恥ずかしい限りです。
関東では珍しく、藤沢では片瀬密蔵寺の他には私は見ていません。
牧野植物図鑑には「木曽川流域に自生する高さ10mに達する高木」とあり、私が見たのは、
近江(大河ドラマ「江」の生国)彦根の佐々木神社本殿脇にある大きく名札のついた老木と、
伊勢(「江」の最初の夫の生国)、桑名城址公園にある木の2本だけで、やはりこの夏の経験は貴重なものでした。
|