このレポートは、かたつむりNo.481[2020(令和2)04.05(Sun.)]に掲載されました

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カオス理論〜エドワード・ローレンツのしたこと〜(1)
運営委員 山田 佳子
 
 1960年のアメリカ、マサチューセッツ工科大学にエドワード・ノートン・ローレンツ(1917〜2008)という科学者がいました。 ローレンツは数学を勉強したかったそうですが、1939年〜1945年の第二次世界大戦の時に天気予報の仕事をすることになり、戦後もそのまま気象学者として天気予報の研究を続けました。 ローレンツは想像力が豊かで研究することがとても好きで、天気も子供のころからずっと観察をしていたそうです。 そのため、天気を正確に予報することが難しいこともよくわかっていました。 この頃の気象学者は、天気予報は最先端の大学で研究するサイエンス(科学)ではないと考えていました。 けれどローレンツはこれを数学的にとらえようとしていました。
 その頃のコンピュータは現在より遙かに性能が劣ったものでした。 ローレンツはその大きくてものすごい音がするコンピュータで、数字だけで表される「(本物じゃないけど本物に近い)おもちゃの天気」を作り上げました。 1分ごとに1日の天気(風向きや温度など)が、列をなす数字としてプリントアウトされます。それを読み取れば、仮想の地球に吹いている風などがわかりました。 西寄りの北風が吹いたり、南風が吹いたり、時にはつむじ風も現れました。 それが話題になり、他の気象学者や学生も集まってきて、天気が次にどうなるかを賭けて遊んでいたそうです。 どういうわけか、そのおもちゃの天気では同じ『パターン』が絶対に出てきませんでした。どんな天気になるのか予想ができなかったのです。
 当時は、すっきりと答えが出る問題を研究することが好まれていました。 例えば、星の運行やハレー彗星がどこにいるのか、または大砲の玉がどこへ飛んでいくのかは計算をすればわかります。 けれど本当は、星の運行や大砲の玉の行き先も予報です。 これからみなさんも勉強すると思いますが、運動の方程式には、問題文に「空気の抵抗は無視して」または「真空(空気もなにもない)状態で」という言葉が入ります。 また、1秒間に8qで進むと言われても、実際に1秒や8qを正確に測れるでしょうか?
 私もかなりモヤっとしますが、みなさんも定規で長さを測定するとき、メモリのない1mm以下は目分量で読み取って計算をしますね。 それでもほぼ正解に近い答えが出ます。8kmに比べれば、0.1mmのずれは、ほとんど無視をすることができます。 けれど天気はこのずれが原因で「晴れになります」と予報しても実際には「豪雨」になることさえあります。 たとえ晴れたとしても、晴れと曇りの区別も難しいです。だから、そんな答えが出ないようなことを大学で研究するのは意味のないことだとされていました。
 けれどローレンツは違いました。彼は余計な物はすべて省いて、天気予報に本当に必要な要素だけを取り出して方程式を作り、コンピュータに計算させることにしました。 それによって計算された風や温度が、実際の地球の見慣れたパターンを表現しているように見えました。 ローレンツは天候は見慣れたパターンを繰り返すものだと思っていたのですが、その通りのものができたので「この方程式なら天気予報に役立つだろう」と考えました。 しかし、コンピュータに何度計算させても、決して同じパターンは出てきませんでした。それが前に出した「おもちゃの天気」です。実際の空の雲もそうですね。 空を見上げて雲だということはわかりますが、まったく同じ形の雲は二度と現れません。
 そして、ある日、ローレンツはある発見をします。その発見は次のかたつむりで。

参考図書:カオス−新しい科学をつくる,ジェイムズ・グリッグ,訳,大貫昌子,新潮文庫

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